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ジハードは誰のもの?

エジプトのイスラムの「公式な」権威は近頃、発言を活発化させています

先日はエジプトの大ムフティーであるシャウキー・アッラーマが民放テレビに初出演し、先だってのヨーロッパ歴訪や正しいジハードとは何かについて、長々と話しました。



まあ。。。誰もこんなの興味はないと思うのですが、私にとっては非常に興味深い内容です。

アッラーマ師曰く、正しいジハードとは、

「お国(エジプト)が宗教(イスラム教)と国民(エジプト人)を守るために発動する防衛ジハード」

のみであり、そのジハードに参加して死んだ者は殉教者になる、とのこと。

一方、過激派が「伝統的書物(イスラム法の古典書)」に依拠してジハードを勝手に発動することは、「伝統に対する冒涜」であり、「宗教(イスラム教)の濫用」である、とのこと。

なぜそうなのかというと、「過去のイスラム法的判断を現代に無条件的に適用することは認められない、というのがアズハルとファトワー発行局の考え方だから」、だそうです。

そうなんですよねー、問題はここにあるわけです。

『コーラン』の章句やハディース、古典イスラム法の規範をそのままダイレクトに適用するイスラム国のような過激派の解釈に対抗するには、「あらゆる規範は場所と時代に応じて変更される」という方法論を持ち出すしかないわけで、どうも弱い。

私はこの方法論が歴史的にどのように構築されて、実用化されてきたかを研究していた(いる)ので、アズハルの言いたいことはよくわかるのですが、弱点もまたよくわかってしまうわけです。

先日、エジプトの公式宗教権威はイスラムに宗教改革をもたらそうとしている、と書きましたが、方向性はこっちに向かうしかないわけで、そのへんが私が「宗教改革無理」と思ってしまう理由のひとつでもあります。

それはそうと、アッラーマ師の言っていることはいつもと同じで、別に全く新しくはないのですが、要するにいつもはNHKの深夜誰も見ない時間の番組にしか出演しないえらーいお坊さんが、民放のゴールデンタイムの番組に出演した、みたいなインパクトはあるわけで、ちょっとがんばってるなーという印象は受けます。

ファトワー庁は例えば、イスラム国が「考古学はハラーム(イスラム的に禁止)」だというファトワーを出したのに対し、「考古学がハラームであるわけがない」という反駁ファトワーを発行するなど、過激派のイスラム解釈は間違っている、とかなり頑張って発言しています。

ですが。。。問題はその影響力がイマイチ弱いってことなんですよね。。。

アズハルやファトワー庁はエジプト政府の犬だ、と思っている国民は多いですし、アズハルの主張する包括的イスラム解釈は『コーラン』の明示に比べるとやっぱり普通の人にはわかりにくい。。。

アッラーマ師ももちろんそれを認識しているわけで、だからこそ「そもそもアズハル式イスラムが正しいイスラムなんだってことを知らしめるための教育が必要なんだ、テレビもそういう番組をやるべきだ」とか言っているわけでして。

イスラム解釈問題は、ややこしくて根深い問題なのです。。。

ではここ数日のテロ事件、いきます。

・ 30日、イスラム国シナイ県(アンサール・バイトゥルマクディス)メンバー5人が出頭
・ 30日、シェイフズウェイドで爆発、軍人1人負傷
・ 30日、カイロの地下鉄のガムラ駅で仕掛け爆弾2発発見

5月

・ 1日、ギザのシッタオクトーブル地区で新聞社アハラームの従業員バスを同胞団員が火炎瓶や石で攻撃、4人負傷
・ 1日、シャルキーヤのザカーズィークの携帯電話ショップで爆弾爆発
・ 1日、シャルキーヤのザカーズィーク大学スタジアムで爆弾爆発
・ 1日、シャルキーヤで強力な爆弾発見、処理
・ 1日、カイロのマタリーヤで同胞団員が暴力を伴うデモ
・ 1日、ギザで同胞団員がデモ、道路封鎖、45人逮捕
・ 1日、カイロのアインシャムスで同胞団員が暴力を伴うデモ
・ 1日、アリーシュ第三警察署をテロリストが銃撃
・ 1日、アリーシュのカラム・カワーリースでテロリストが軍を銃撃、1人負傷
・ 1日、シャルキーヤのアブーカビールで同胞団員と住民が衝突、3人負傷
・ 1日、カイロのアインシャムス駅で爆弾発見、処理
・ 1日、イスラム国シナイ県(アンサール・バイトゥルマクディス)が市民の首を家族の前で切断
・ 2日、シャルキーヤの電気塔が爆破
・ 2日、ディムヤート(ダミエッタ)の電気施設で爆弾爆発、もう一発を処理
・ 2日、ファイユームで爆弾爆発、もう一発を処理
・ 2日、アドリー元内相の別荘が放火され、革命的懲罰運動が犯行声明を出す
・ 2日、クフルショクルの電気塔に放火しようとしていた男を逮捕
・ 3日、ブハイラの警察署前で爆発
・ 3日、ブハイラの電気施設が爆破
・ 3日、カイロとアスユート間の道路の電気塔が爆破
・ 3日、スハーグの鉄道駅で爆弾発見、処理
・ 3日、ギザのシッタオクトーバー地区で同胞団と警官隊が衝突、複数の警官が負傷
・ 3日、サライ・エルウッバ広場で爆弾発見、処理
・ 3日、アリーシュで仕掛け爆弾が爆発、1人死亡、3人負傷
・ 3日、カイロのマンシヤトゥッナーセルで爆弾が爆発、6人負傷
・ 4日、ファイユームで携帯電話の電波塔が爆破される
・ 4日、ウムラーニーヤの警官が銃撃される
・ 4日、ダクハリーヤで電気施設に放火した中学生を逮捕、ラービアで兄が殺された復讐としている
・ 4日、シェイフズウェイドの学校2校をテロリストが爆破
・ 4日、ラファハの軍基地をテロリストが迫撃砲で攻撃
・5日、カイロのナセルシティで爆弾をつくっていた同胞団員3人が誤爆により負傷

前回のブログ記事では、「あれ?テロ減ったか?」なんて書いたのですが、全然減ってませんね。。。汗。

同胞団員は中学生もがテロに走っているとか、今後を考えると恐ろしいですし、シェイフズウェイドではイスラム国シナイ県が学校を爆破するというタリバンやボコハラム的行動に出ているのも恐ろしいです。。。

イスラム国シナイ県は、シナイの住民を恐怖で支配しようとみんなの前で首を切ったりもしています。。。

こんな写真を公開して、「オレたちはエジプト軍を頑張って攻撃している!」とアピールしたりもしています。。。

ラファハ

怖いですね。。。

みなさん、お忘れかもしれませんが、エジプトにもちゃんとありますからね、イスラム国。

イラクとシリアだけじゃないんですよ。。。
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イスラムの宗教改革

このところエジプトの宗教界は、全イスラム世界に向けて「イスラムの宗教改革」を呼びかけています。

牽引役はアズハル総長アフマド・タイイブで、昨日もUAEで開催されている「イスラム社会における平和推進フォーラム」なる会議の開会演説において、「我々は、我々の伝統的なイスラム理解を批判的な視点から再検証する必要性に迫られている」と述べました。

2月にもサウジで開催された会議において、「『コーラン』とスンナ(預言者ムハンマドの言行)の悪しき解釈が、(イスラム)過激派の拡大につながった」とし、イスラム世界が一丸となって教育のレベルからこうした悪しき解釈を追放し、正しい穏健なイスラム理解を広めないかぎり、過激派を一掃することはできない、と述べています。

これはどういうことかと言いますと。。。

善良なイスラム教徒はイスラム国やアルカイダのようなイスラム過激派のことを「あれはイスラムではない」「間違ったイスラムだ」と必ず批判しますが、実はイスラム過激派のイスラム解釈は、伝統的イスラム解釈に忠実に則ったものであり、だからこそ少なからぬ数のイスラム教徒を魅了する強力な求心力を有しているのだ、という隠蔽されがちな側面があるわけです。

イスラムの伝統的方法論に則って各々の教義について論争した場合、エジプトにおけるイスラムの権威であるアズハルよりイスラム国の方がより強い論拠を有しているというのは、否めない真実なのです。

例を挙げますと。。。

イスラム国は捕虜にした敵の首を切って処刑することは、イスラム的に正しいと主張します。

その論拠のひとつはこちら、『コーラン』の第47章4節です。

このようにあります。

「あなた方が不信仰者たちと出会った際には首を打ち切れ。」

アズハルはこうした行為はイスラム的に誤っていると主張しますが、「この節は戦争状態の場合に限った内容である」とか、「イスラム国の行っているのはイスラム的に正しい戦争ではない」とか、「そもそもイスラムとは平和の宗教である」とかあれこれ言ってみたところで、『コーラン』第47章4節に「不信仰者の首を打ち切れ」とある真実は決して揺るぎません。

イスラム教徒は皆、『コーラン』は神の言葉そのものであると信じています。というか、こう信じない人はイスラム教徒失格の烙印を押されます。

イスラムには様々な解釈の方法論がありますが、最強の論拠が神の言葉そのものである『コーラン』の章句であるというのは、その方法論における大前提です。

イスラム国は『コーラン』というイスラム的最強の論拠に依拠し、過激行為を繰り返し、国家まで樹立してしまったわけです。

誤解を恐れずはっきり言うならば、イスラム国こそが「イスラムど真ん中」、「最もイスラム的存在」なわけです。

アフマド・タイイブもそんなことは当然よくよく理解しているわけで、だからこそ、これまでのように「イスラム国はイスラムじゃない」となんとかのひとつ覚えのように虚しく繰り返しているだけでは問題は解決しない、と思ったのでしょう。

そこでこの頃、「宗教改革」の必要性を主張しだしたのだと思います。

彼はよく、「戦略的視点」の重要性を強調します。

つまり、イスラム国のような過激派にイスラム議論で勝利するためには、穏健イスラムこそが唯一正しいイスラムなのだ、という合意を全イスラム諸国からとりつけることが重要だとしているわけです。

ただこれは、ものすごーーーーく難しいことです。

っていうか、たぶん。。。ほぼ無理です。

なぜなら今でも多くのムスリムは穏健イスラムこそ正しいイスラムだと信じていますが、ここエジプトにも『コーラン』を字義どおりに解釈する厳格イスラムこそが正しいイスラムだと信じている人はいくらでもいるからです。

そして、イスラムという宗教の構造上、その解釈傾向をひとつに統一する機構や権威は存在しません。

むしろ解釈の多様性こそ神が人間に与えてくださった恩恵そのものなのだ、というのがイスラムの伝統的解釈です。

それに厳格イスラムを標榜する人々はそもそも、現行の世俗国家というものを認めていないので、たとえイスラム諸国連合加盟国全てが合意したとしても、そんなものは意に介さないムスリムはいくらでもいます。

それにイスラム諸国に住んでいるわけではない、欧米諸国のムスリムらの取り込みはどうするのでしょう?

また、ここまではスンナ派に限定して話をしてきましたが、イスラムにはシーア派もいますし、シーア派自体の中にもものすごい数の分派が存在します。

うーん。。。

ちょっと考えるだけでも、深く考えても、いずれにしてもイスラム解釈を統ーする術はない。。。という結論にどうしても至ってしまうのですが、アフマド・タイイブはどんな戦略をもって、具体的にどんなやり方で、イスラム過激派のイスラム解釈に立ち向かうつもりなんですかねえ?

まあ、あんま考えてないけど、とりあえず宗教改革の必要性を訴え、伝統的イスラムに間違ったところがあるということを認めるところから始めないと、なにも始まらないよね?という感じなのかなあ???

イスラム法研究者からみると、イスラム国の日々の営みは、ジハード(戦闘)はもとより、ハッド刑やタアズィール刑、同害報復の執行、イスラム裁判所や警察の運営、ヒスバの実践、ザカートの徴収などなど、「壮大で歴史的な実験」としか思えない事柄の連続です。

自分が生きているうちに、カリフ制が再興され、イスラム国家が建設され、イスラム法ががっちり適用されるようになる領域が生まれようとは、イスラム法研究を始めた頃は想像だにしたことはありませんでした。

これに各国宗教界がどう立ち向かえるか。

注視していきたいです。

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シャルリーエブドはまた預言者をバカにしたのか?

1月7日にフランスの風刺新聞シャルリーエブドの本社が襲撃された事件から、今日で1週間です。

そして今日、シャルリーエブドの最新号が発行されたのですが、それに先立って昨日、その表紙が公開されました。

Charlie Hebdoという紙名の下には"Tout est pardonné"と書かれ、典型的なアラブのおじさんが"Je suis Charlie"と書かれた看板を掲げた姿で描かれています。

これにエジプトのファトワー庁が早速反応し、声明文を発表しました。

ファトワー庁

概要は、

シャルリーエブド最新号は、預言者(S)をこよなく愛し尊敬する、世界中の15億人のイスラム教徒を不当に挑発するものであり、また両者の側にいる過激派に暴力の応酬の機会を与えることになるから、フランス政府、各政党、組織に対し、これに抗議するようファトワー庁は要請した

というもの。

Tout est pardonnéについては、私は初見でてっきり、「すべて(の人や罪)は赦されている」の意味だと理解したのですが、ファトワー庁もアラブメディアも、これは「(イスラムの預言者ムハンマドを風刺することを含めた)すべてが許可されている」という意味だと理解し、「あんな事件があったのに、まだ懲りずに俺たちの預言者を侮辱するつもりか?!」とご立腹の様子。

日本のメディアもこの一文は「すべては許される」、という意味だと当たり前のように理解し、アラブメディアと同様に、また預言者をバカにしている、暴力の連鎖が懸念されるといった趣旨の報道をしています。

記者会見で表紙を描いた風刺画家のルス氏は、「悩みに悩んでこの題をつけた」と述べ、このアラブのおじさんはやっぱり預言者ムハンマドで、でも涙を流している点が重要なのだ、と言っています。

預言者ムハンマドをまた描いたのは申し訳ないが、でもやはり、表現の自由に制限があってはならないのだ、とも述べています。

シャルリーエブド最新号に関わらず、絵やテキストというものは全て、生み出された瞬間から作者の手を離れ、その意味は読み手の解釈に委ねられてしまうものです。

私がこの会見を聞いて理解したのは、Tout est pardonnéはやっぱり、「すべて(の人や罪)は赦されている」という意味で、最新号で再度預言者を描いた行為は多くの人を傷つけるが「赦される」し、これからのシャルリーエブドがいかに多くの摩擦を引き起こそうともそれは「赦される」という彼らの信念を意味しているということで、もしかしたらそこには、シャルリーエブドを襲撃した犯人たちも「赦される」べきなのではないか、という含意すらあるのかもしれない、とも思いました。

単純に、我々は「すべての行為が許可されている」と考えているので、今回もまた預言者書いちゃいました、というような薄っぺらい話ではないはずです。

涙を流す預言者ムハンマドがJe suis Charlieの看板を掲げているのは、預言者も先日のフランスの大規模デモの趣旨に賛同し、表現の自由とテロへの抗議を示したいはずだ、とももちろん解釈できますが、「シャルリーエブドが攻撃された時、私も同様に攻撃されたのだ」という意味ともとれますし、「私のせいで多くの人が死んだ」ということを悲しんでいるとも理解できます。

かつてシャルリーエブドは、預言者ムハンマドが「バカに愛されて辛い。。。」とつぶやく風刺画を掲載されたことでも知られていますし。

もちろん、私がこれをどのように解釈しようと、ムスリム(と日本人)のほとんどはファトワー庁と同様に、「また預言者がバカにされた!」とのみ理解している点は重要です。

既出のルス氏は、会見でユーモアの重要性についても述べていましたが、風刺はアラブ人にとってはسخرية(侮辱、バカにすること)にすぎず、そこに知性やユーモアを読み取るという文化は基本的には存在しません。

私が思うのは、今回の事件から学び取るべきことのひとつは、ムスリムが預言者ムハンマドの尊厳を命がけで守らなければならないと信じているのと同様に、フランス人(を始めとする欧米人)は表現の自由を命がけで守らなければならないと信じている、ということです。

日本人の多くは、「自由って言っても節度があるでしょ?」とか、「そこにあるってわかってる地雷をわざわざ踏むことはないでしょ?」と思うでしょうし、私も基本的にはそう思いますが、それが世界標準の反応ではないし、争いを避けることが最良の道であると全人類が合意しているわけでもない、ということを理解することは、大切だと思います。

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建物崩落事故とスラム

昨日、カイロのマタリーヤという地区にある8階建のアパートが崩落し、19人が死亡するという悲しい事故が発生しました。

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この写真を見ると、エジプトに住んでいる方は「あー、このタイプの建物ね。。。」となるにちがいない、レンガ積み上げタイプのエジプトには非常に多い形状(?)の建物です。

カイロにはあちこちに、こんな街並みが広がっています。

Manshiet.jpg

これらの赤レンガ建物はすべて違法建築で、エジプト全建築物の60%がこうした違法建築だとされています。

すっごく多いですよね。。。

違法建築のおよそ15%はいわゆるスラムと認定されており、1500万人程度のエジプト人がスラム住民です。

スラム治安が悪いとか、不衛生であるとか、いろんな意味で危険地帯なのですが、建物が倒壊して人が死にやすい、という意味でも非常に危険な場所です。

(地震があったわけでもないのに)突然建物が崩落するという事故は、エジプトではかなり頻繁に発生し、以前こちらでも取り上げたことがありますが、その主たる原因は、建物が違法かつ適当に建てられ、さらに全然メンテナンスをしていないことにあります。

以前、取材をしたスラム街を再度訪れた時、家の梁が突然落下してきたとかで、以前は元気だったおじいちゃんが寝たきり状態になっていたことがありました。

スラムの住民に話を聞くと、子供を学校に行かせたいとか、下水を整備して欲しいとか、病院が欲しいとか、いろいろ望みはあるのですが、ちゃんとした家で安心して暮らしたい、と答える人が多くいました。

ちゃんとした、というのは、突然崩落したり、梁が落ちてきたり、壁が倒壊したりしないような家、という意味です。

昨日崩落したマタリーヤの建物は、上の2階部分だけが違法に建て増しされたものだったそうですが、このタイプの違法建築は、私が住んでいるザマレクにもたくさんあります。

人口がかなりの勢いで増加しているエジプト

住む場所がなく、違法建築がどんどん増え、危険地帯がどんどん増えているのが現状です。

政府はこれまでも、違法建築を行ったら罰金を課すとか、スラム住民をねこそぎ別の場所に移住させるとか、あれこれ対策をうっている風なのですが、状況は悪化の一途をたどっています。

テロとの戦い以外にも、エジプトには解決すべき問題が山積しています。

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エジプトで鳥インフルエンザの死者

エジプトの保健省は昨日、鳥インフルエンザウイルス感染者に死者が出たことを発表しました。

亡くなったのはアスユートで感染した女性で、他にもウイルス感染者はわかっているだけで7人いるそうです。

エジプト鳥インフルエンザの死者が出たのは3年ぶりのことです。

死者や感染者は鳥の飼育に関わっていた人のようで、保健省は全県に担当者を派遣し、状況も把握しているので、国民は心配しないように、としています。

またエボラウイルス対策についても、全国の国際空港に40個の熱感知器をあらたに導入し、万全の対策をとっているので、心配しないように、としています。

エジプトでは去年は豚インフルエンザが流行して、豚を極度に嫌うエジプト人達を震撼させたのですが、今年は鳥ですかねえ。

夏が終わり、涼しくなってくると、必ず風邪やインフルエンザが流行るので、手洗いやうがい、空気清浄機と加湿器をつけっぱなしにする、といった対策は一応とるようにしています。

あと鳥インフルの場合の対策は、生きた鳥を販売し、その場で殺してさばいて売るタイプの店にはなるべく近づかないことでしょうかねえ。

エボラも、もうエジプト国内で発症して死んでいる人がいるんじゃないか、と勝手に思っている私ですが、公式見解ではまだエジプトに発症例はないことになっています。

病気の季節、みなさんお気をつけくださーい。

プロフィール

 飯山陽

Author: 飯山陽
イスラム思想研究者。専門はイスラム法。都内の大学でイスラム思想を教えていましたが、現在はエジプトのカイロ在住、メディアの仕事をしています。
イスラム国に関しては別ブログ「どこまでもイスラム国」をご覧ください。

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