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ミニディスコなる文化

エジプトのリゾートホテルに行くと、毎晩いろいろなイベントがあるのですが、どこに行っても必ずあるのがミニディスコmini discoです。名前はbaby discoとかkids danceとか多少違うのですが、やっていることは全く同じです。

アインソフナのホテルではこんな感じ。

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シャルム(シャルムエルシェイク)のホテルではこんな感じ。

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何をやっているのかというと、ホテル内のイベントステージのようなところに子どもが集まって、ホテルのレクリエーション担当のお兄さんやお姉さんたちと一緒に、いろんなダンスを踊りまくるのです。

このダンスのバリエーションも、どこのホテルに行っても全く同じです。例えば、上のシャルムの写真で踊っているのは、Kaczuszkiという歌&ダンスです。



veo veoというのも絶対に踊ります。



chuchuwaも絶対に踊ります。



the music manも絶対です。



aram zam zamも不可欠です。



Kaczuszkiはポーランド語でアヒルの意味らしいです。veo veoとchuchuwaはスペイン語、the music manはそのまんま英語、aram zam zamはもともとモロッコの歌らしいのですがモロッコでは聞いたことがなく、いま普及しているのはロシア語バージョンのようです。

なんでこの組み合わせなのか、そこに必然性はあるのか、全然わかりません・・・。欧米の子どもにとっては、これらを踊れるのは常識なんでしょうか?

私はどの歌も日本ではひとっつも聞いたことがないし、もちろん子どものころに踊ったことも全くないのですが、エジプトのリゾートホテルではこれらを踊るのが間違いなく定番化しており、こうしたホテルに足しげく通うことのできる金持ちエジプト人の子どもたちは、ある程度の年齢になると、これらを完璧に踊りこなすことができるようになります。

うちの娘は今2歳半で、1歳半くらいの時に初めてミニディスコの洗礼をあび、その時は全然踊れないのにみんなの輪の中心に陣取ってちょっと邪魔くさい感じでしたが、最近だいぶ踊れるようになってきました。ホテルに来ると、ミニディスコがあるとわかっているようで、朝から「チュチュワ踊る」とか「ニョンニョンニョン踊る」とか言ってやる気をみなぎらせています。

娘はあと数年のうちに、エジっ子のようにこれらを完璧に踊れるようになる気がします・・・。まあ、私は、現段階でも結構踊れるようになってきています・・・(苦笑)。
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犬にかまれる

犬にかまれました・・・。

車から降りて、数歩あるいたところで、右前方にいた犬に急襲されました。
カイロでも最もラーキー(高級、ハイソの意味)なエリア、ザマレクالزمالكでのことです。

人生初のことで、最初は何がおこったのかよくわからずに、ぼーっとしてしまいました。犬が大好きで飼ってもいたし、こちらから近寄ったわけでもない犬に突然かまれるなんて、想定外の出来事。

かまれた足首をぼんやり見ていたら、かみ跡自体はそれほど大きくないものの、次第に出血して、青黒くなって、腫れてきました。

一応、外国人の連れている飼い犬で、「うちの犬はワクチンうってるから大丈夫」とか適当なことを言っていたのですが、後から不安になって飼い主に電話をかけたところ「この番号は存在しません」のアナウンス。ウソを教えて責任逃れをするような無責任飼い主なんて、全然信用できません。

帰宅してネットで調べると、狂犬病とか云々とか言う前に、犬にかまれたら病院に行くのが鉄則だということが判明。しかもエジプトは日本とは違って狂犬病発生エリアです。

しかしかまれたその日は犠牲祭の翌日。日本でいうと正月二日目のようなもので、病院もどこも開いていません。開いていたエジプト国際病院Misr International Hospitalの救急センターにかけこんだところ、「狂犬病のワクチン、ここにはないから、ヴァクセラ行きなよ。あそこは24時間、年中無休でやってるから大丈夫」とのこと。

そのままヴァクセラVacsera Vaccination Centerに直行したのですが、なんと休み。門番のおじさん、「今日はねー、イードの休日だからやってないよー。明日の10時からやるから。え?いつかまれたの?あ、さっき?それじゃあ、明日の朝でも全然間に合うから大丈夫。明日の朝またおいでー。」とのこと。

えーーーーーーーーーっ?!年中無休じゃないじゃん!!
在エジプトの日本大使館のホームページにも、ヴァクセラは年中無休って書いてありましたが、ふつうに休んでました・・・。

あー。憂鬱・・・。

大好きだった犬にかまれた精神的ショック、そしてすぐに狂犬病ワクチン接種ができないショック、足首のかみ傷の痛み・・・。ネットで調べれば調べるほど、外国で犬にかまれることのヤバさがひしひしと感じられてきて、その日は殆ど眠れませんでした。

あー死ぬかも、私・・・という気分です。

旦那に、「人間が狂犬病にかかると、水や風がこわくなってけいれんをしたり、最後には犬の遠吠えみたいな叫び声をあげて絶命するんだって・・・」と言うと、「あーそれ知ってる。ブラックジャックで読んだ。」というのんびりした返答。はぁ・・・。

翌朝、ヴァクセラに行きました。アグーザにあるので、私の住んでいるザマレクからは車で10分ほどでつきます。

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ヴァクセラはエジプトのワクチンセンターです。なぜか待合室には大人がたくさんいて、みんな犬にかまれてショックを受けている人に見えてきてしまいます・・・。

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実際は、子ども以外には、ハッジに行く人や、スーダンに行く人などがワクチン接種に来ることが多いようです。

我が娘は知らない人にお菓子をもらい、もらったお菓子を別の子どもに配り歩きます・・・。

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待合室では番号のついた紙を渡されます。自分の番号と診察室がアナウンスされたら、診察室に入ります。

診察室といっても、ふつうのおばちゃんが座っているだけのふつうの部屋で、患者(?)つまり私は立ったままです。

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受付のおばちゃんかと思っていた人がお医者さんで、彼女に犬にかまれた経緯を説明すると、傷を見せろというので、足首を見せました。すると、

「とりあえず、狂犬病と破傷風のワクチンをうたなきゃいけません。狂犬病は全部で5回ね。でも、足首だから脳から遠いし、傷もそれほど大きくないから、そんなに心配しなくて大丈夫だと思いますよ。でも一応、抗狂犬病免疫グロブリンもうったほうがいいかもしれません。あ、でもグロブリンはここにはないから、インバーバ総合病院かサイイダザイナブにあるムニール病院に行って、ちょっと聞いてきたほうがいいかもしれません。」

とのこと。なんか、まとも風な口調。この人の言うことを信用したいという、すがるような気持ちになります。彼女はワクチンをうつスケジュールを、紙に書いて渡してくれました。

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お医者さんが紙にワクチンの名前を書いてくれるので、それを持って外にある薬局にワクチンを買いに行きます。それで、買ってきたワクチンを看護士に渡すと、彼女がワクチンを注射器に入れて立ったままの私の腕にぶっさして下さいます。

一応注射器は使い捨て方式でしたので、ある意味安心です。

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片腕に狂犬病、片腕に破傷風の注射は、かなり痛いです。

その後、インバーバ総合病院(公務員病院)に行きました。医者に経緯を説明して傷を見せると、

「あー、これならグロブリンしなくて大丈夫。グロブリンっていうのはねえ、顔をがっつりかまれたり、お腹をかまれたりしたときとか、かみ傷がすごく大きいときには、傷に直接浸潤するように使わなきゃいけないんだけど、これぐらいなら、まあ、使わなくて大丈夫。顔とかねえ、脳に近いところをやられると、かなりヤバいんだけど、よかったねー、これくらいで。」

とのこと。うーん、大丈夫っていうから、大丈夫・・・なのかな?

その後、自分がうった狂犬病ワクチンのレシートを確認。

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あー、「中国製狂犬病不活化ワクチン」って書いてある・・・。なんかちょっとまた憂鬱・・・。

お値段は53エジプトポンド(700円くらい)。

破傷風の方は・・・。

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「インド製破傷風トキソイド」かあ・・・。なんかなあ・・・。

というわけで、これから一ヶ月間、狂犬病ワクチンを接種し続けなければならないことになりました。

いくつか学んだことがあります。

1)犬は突然襲いかかってきて人をかむことがある
2)ザマレクで外人の飼っている犬であっても、急襲してくる可能性がある
3)外人でも信用がおけない場合がある
4)カイロでも狂犬病ワクチン&破傷風ワクチンはうてるが、うてる場所が非常に限定されている
5)ヴァクセラは年中無休ではない。通常は朝9時から夜8時までとのこと
6)同じく犬にかまれるといっても、顔やお腹をかまれたり、かみ傷が大きいと、ものすごくヤバい
7)事前に狂犬病ワクチンをうっていたとしても、実際にかまれた場合にはうっていない場合と同じく5回接種をしなくてはならない(私はカイロにくる前に、二回接種していますが、全然関係ないそうです)

ネットでいろいろ見ていると、犬にかまれた場合の対応(ワクチン接種の方法など)は各国によっていろいろと異なるようですが、エジプトではこんな感じです。

狂犬病ウィルスは潜伏期間が長く、17年後に発病したなんて例もあるそうです。また、曝露後ワクチンを接種したのに死んだ例というのが中国にあり、そのワクチンが偽物だった可能性があるなんて報告もされていました。

あー、私も中国製ワクチンだし・・・(上述のとおり)。

ネットで狂犬病を検索して、ひたすら憂鬱になる日々です・・・。


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ハマダとスポンジボブとエジプト革命

エジプトにはハマダحمادةという名前の人が結構います。

道で、「おい、ハマダ!!」と呼んでいるのを聞くと、エジプト人だとはわかっていても、「え、浜田?」とついつい反応してしまいます。

ハマダというのは、ムハンマドمحمدやアフマドاحمدという名前の男の人のエジプトにおけるニックネームです。ムハンマドというのはイスラムの預言者の名前なので、イスラム教徒の男性には最も多い名前なのですが、ニックネームとなるとイスラム世界各地でこれまた違ってきます。

例えば上記のように、エジプトではムハンマドはハマダですが、モロッコではスィモSimoとなります。

なぜかというと、モロッコでは、ムハンマドという名前の人にはもれなくスィディسيديという敬称がつくので、スィディ・ムハンマドSidi Mohammadとなるわけですが、結構長いのでスィモSimoと略されるわけです。でもエジプトでは、このニックネームは聞いたことがありません。

また個人的に、エジプトで気になっているニックネームのひとつが、キモكيموです。

キモって・・・(笑)。

これはカリームكريمという男の人の名前の愛称で、カリームという人も結構いるので、キモも結構たくさんいるのですが、聞くとやっぱり何だか気になってしまいます。

ちなみにうちの娘は、自分の所有するエジプトおじさんの人形に、キモと名付けてかわいがっています・・・。

ハマダといえば、エジプトにハマダ・ヒラールحمادة هلالという歌手がいるのですが、最近リリースした「スポンジボブ」という歌とビデオクリップが、大変気になります。



歌の内容は、もうただただ「オレはスポンジボブ♪オレはスポンジボブ♪」と連呼しているだけで、あとは「クミンみたいな黄色だぜ〜♪」とか説明しているだけの、実にくだらない歌なのですが、なぜか脳裏に残ってぐるぐる回ってしまうメロディーです・・・。

ハマダ自身がスポンジボブの着ぐるみを着て、冒頭部はずっと後ろを向いているのですが、少しすると振り返って顔を見せ、おもむろに「オレはスポンジボブ♪」と歌い出す、という小学生的演出が光ります(笑)。

他にも偽物ミニーや、偽物プーさんや、偽物トム&ジェリーや、白雪姫?やら海賊?やら猿?やら小さいおじさん?やらへんてこキャラクターが大集合で、子どもがむやみにたくさん出てきてみんなでへんてこダンスを踊ったり、とにかくエジプト感満載のビデオクリップです。

スポンジボブはエジプトでは超大人気キャラクターなので、ハマダはその人気に便乗しようと狙ってこんな歌を歌ってしまったのでしょう。

ハマダは2011年の1月25日革命(エジプト革命)後、「1月25日の殉教者たち」という歌をリリースしたのですが、その歌い出しが、「1月25日の殉教者たちは1月の事件で死んだ〜」というなんともマヌケな歌詞で、「革命をバカにしてんじゃないか?!」とか「無意味すぎる歌だ・・・」とか批判されたりもしたようです。

以下がその歌です。スポンジボブとはイメージが全然ちがいますね〜(苦笑)。



スポンジボブの歌の方は結構人気があるらしいのですが、な〜んかイマイチ感がぬぐいきれないハマダです・・・。

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子ども大好きエジプト人

エジプト人の美徳のひとつは、ものすごく子どもが好きというところにあると思います。

どんなにこわい顔をしたいかついおじさんであっても、子どもを見ると大概はにっこにこして笑いかけます。

特に日本人(というかおそらく東洋人)の子どもを見たときの反応は、それはそれは大変なもので、我が家の娘は外出の度にアイドルスターのような扱いを受けます。

去年(2011年)、エジプトに来てばかりの頃に、初めてフサイン広場に言った時の様子は、こんな感じでした。

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とにかく、娘の行く先々に人が群がり、写真を撮ったり、抱き上げたり、ちゅーをしたり、それはそれは大変なことになっていました。

また、歩いていると、見知らぬいろんな人がいろんなものをくれます。これまでもらったものを思いつくままに書き連ねてみると、おもちゃ、ボール、ヘリウム風船、旗、ポテトチップス、あめ、ガム、チョコレート、わたあめ、パン、ケーキ、ヨーグルト、ジュース、ボトル入りの水、エビ等々・・・。

おもちゃやお菓子はまだわかりますが、水とかエビって・・・(笑)。

特に個人的に思い出に残っているのはこの2つで、通りすがりのおじさんが、自分で飲もうと思って買ったボトル入りの水のふたをあけて、彼女を見た瞬間に彼女にそれをあげたのと、シーフード屋のおじさんが、えびのフリットをお皿にたくさん盛って通りかかった彼女にくれたことです(笑)。

行きつけの野菜屋さんも、行くたびにレモンやらトマトやらをおまけしてくれますし、行きつけのスーパーのおじさんも行くたびにあめをくれます。下のケーキ屋さんは、ケーキを買いに行くとマカロンをくれます。彼女を連れていると、いつでもどこでもおまけ三昧です。

一年たって2歳を過ぎた今も、全く変わらぬ大人気ぶりです。先日、カイロ屈指のショッピングモール、シティースターズで、チーズのLa Vache qui ritのキャンペーンをやっていたのですが、肝心のラバシュキリの赤牛よりも、うちの娘のほうが人気がありました(笑)。ちゃっかり、ラバシュキリとうちの娘の両方と写真をとる人もいたり。

名称未設定

しかしなんでまた、全然見知らぬ他人の子どもを見て、抱っこしたり、ちゅーしたり、ものをあげたり、写真を撮ったりしてしまうんでしょうねー。観察していると、子ども好きはエジプト人のDNAに埋め込まれた習性というか本能に根ざしているようで、うちの娘を見ると反射的にこれらの行動をとってしまうエジプト人が非常に多いように見受けられます。

我が娘は、エジプトの子どもとは違って、頭でっかちだったり(汗)、あっさり和風顔だったり、さらさらストレートヘアーだったりするので、なお、たまらなくかわいく感じるようです。更に最近はふつうにアラビア語(というかエジプト語)をしゃべるので、「おー、この日本人の子どもはアラビア語をしゃべるぞーっ?!みんな、集まれー!!」みたいな感じで人だかりができたりもします。

エジプト暮らしは大変なことも多々ありますが、このエジプト人みんなに子どもを育ててもらっている感じは、非常にありがたいなあと思っています。

娘の写真を撮って、「これを早速オレのFacebookでアップするぜ」なんて言う人も多いのですが、私の知らないところで、うちの娘の写真が結構出回っているのかもしれません・・・(苦笑)。




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犠牲祭の準備いろいろ

犠牲祭(イード・アルアドハーعيد الاضحى)が近づいてきました。今年は10月26日が犠牲祭なので、あと四日です。

ムスリムは羊や牛を屠って神に捧げるので、この日が近づくにつれ、郊外で育てられた羊や牛がカイロに続々と集結してきます。

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モロッコの人はもっぱら羊を買いますが、エジプトの人はなぜか「羊の肉は脂っぽいから好きじゃない」とか、「羊の肉は老人が食べるもんだ」とか言って羊を嫌い、いくつかの家族で一頭の牛を買って肉を分けることも多いようです。

ラクダも運ばれてきます。

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少し物悲しい目つきをしているように見えてしまいます・・・。

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買った羊や牛は、犠牲祭の日に肉屋さんに連れて行って屠殺、解体してもらったり、肉屋さんが家にきて一連の作業をやってくれたりします。なので、その日、カイロは街中が血まみれになります・・・。

スーパーマーケットにかわいい羊が二匹・・・。どうなっちゃうのかなあ・・・。

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バーベキューセットの上に、羊のぬいぐるみが置かれているというシュールな図・・・。

コンロの羊

肉屋の前には、既に屠殺され毛もはがれ、準備万端の羊がぶらさげられ、ご丁寧にお尻と首には花がぶっさされています・・・。

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エジプト人の不思議センスを目の当たりにすることの多い、今日この頃です。

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エジプトのムトア婚(一時婚)

ムトア婚زواج المتعةというのは、直訳すると「快楽婚」であり、日本語では意訳で「一時婚」といったりする結婚の形態です。男女の合意のもとに、期間限定で結婚するというこのムトア婚を、イスラムのシーア派では認めていますが、スンナ派では(基本的に)禁じています

エジプト人は90%ほどがイスラム教徒で、10%ほどがキリスト教徒なのですが、イスラム教徒のほとんどがスンナ派ではあるものの、一部シーア派ムスリムが存在しています。

彼らの存在は2011年の革命以前には表面化することは殆どありませんでしたが、革命後、彼らは急に活発な活動を開始しました。非常にマイナーなネタですが、これはエジプト革命後の大きな変化のひとつです。エジプト全体でいったいどれくらいのシーア派ムスリムがいるのかはよくわからないのですが、彼らはカイロ郊外に3つほどモスクを持っているとされ、スンナ派ムスリムをシーア派に「改宗(?)」させるための活動や、政治活動を活発に行っています。2011年11月に、シーア派政党「解放党حزب التحرير」は党としての公的な認可を申請したのですが、その時は認可されなかったものの、彼らの活動は現在も継続中です。

エジプトの新聞のいくつかは、「シーア派がエジプトをのっとろうとしている!」という危機感をあおる主旨で、こうしたシーア派の活動を継続的に取り上げているのですが、今日はワタンالوطنという新聞に「20ヶ月間だけムトア婚をしてSMSで離婚された女性」についての記事が掲載されていました。この女性はカイロのハダーイクルウッバحدائق القبة地区に住むスンナ派ムスリムで、夫に先立たれた未亡人だそうです。そして彼女とムトア婚した男性は、エジプトのシーア派の指導者のひとりで、政治活動もしていたとされます。両者とも本名は伏せられています。

非常に興味深いので、彼女のインタヴューを以下にざっくり訳しておきます。

Q 「どうやって彼と知り合ったのですか?」

A 「お見合いおばさんالخاطبةに、いいお相手がいるとすすめられたのです。相手は有名なジャーナリストだということで、おばさん同席のもと、その男性と一度会いました。」

Q 「どうして彼と結婚することになったのですか?」

A 「結婚の決意をする前にもう一度会いたい、と彼から連絡があったので、一人で彼の事務所を訪れました。彼は私に前の夫がいつ死んだのかと尋ね、私の待婚期間عدةはとっくに終わっていると告げました。その後突然、彼はコーランの上に手をおいて『あなたは神の前において私の妻である』と宣誓するやいなや、私と夫婦関係を持ちました。私が『こんなのは結婚じゃない』と言うと、彼は『いや、これはれっきとした結婚だ』と言いました。後日、彼から電話があって、また事務所に来てほしいというので、私は断り、きちんと結婚契約を結んでほしいと言いました。すると彼はそれを拒否し、電話を一方的に切ってしまいました。」

Q 「その後、どうしましたか?」

A 「私は彼に電話をしましたが、彼は電話番号を変えてしまっていました。その後、彼から会いたいと電話があったのですが、私は断り、『私はみんなと同じくスンナにのっとったちゃんとした結婚がしたいの。シーア派の結婚なんか嫌だわ』と伝えました。」

Q 「ご自身がムトア婚の犠牲になったと気づいたのはいつですか?」

A 「弁護士のところにいった時です。彼は私の結婚のための契約書と証人を準備していたのですが、私の話を聞いて、それがムトア婚だと教えてくれました。」

Q 「あなたはこの結婚が期間限定であることを知っていましたか?」

A 「はい。彼(結婚相手)自身が私に、この結婚の期間は20ヶ月だけだ、と言いましたから。」

Q 「あなたはこの結婚がシーア派のものであることを認識していましたか?」

A 「はい、その認識はありましたが、私はシーア派が何なのか知りませんでした。私が知っているのはイフワーンとサラフィーとキリスト教徒だけです。彼に尋ねると、シーア派というのは預言者ムハンマドの一族を愛する人々であるとだけ教えてくれました。」

Q 「彼との関係はどのくらい続いたのですか?」

A 「2ヶ月間だけです。その間、彼と会ったのは3回だけです。最後に会った時、彼は私に私たちは結局結婚していない、と言うので、その後、私は持っていた連絡先のひとつに電話をかけました。すると小さい男の子が出たので、私は『ママと話したい』といいました。彼女が電話にでると、彼女は私が彼の妻であることを認識したようです。すると彼が彼女から電話を取り上げ、『オレはお前なんか知らない』と言って電話を切りました。その後、彼から携帯電話のメッセージSMSが届いたのですが、そこには『あなたは離婚された』と書かれていました。」

Q 「彼はあなたに、彼の子どもを産むよう求めなかったのですか?」

A 「いいえ、その逆です。彼には既に子どもが複数いますので、彼はそれ以上の子どもを望んでいませんでした。だから私には、『私たちは快楽のためだけに結婚するのだ』と言っていました。」

Q 「彼は同じようなやり方で他にも結婚したことがあると、あなたに言いましたか?」

A 「私が知っているのは、彼には正式な奥さんがいて、その人はニカーブをかぶっているمنتقبةということ、彼女との間に三人の子どもがいるということ、彼女の前に二人と離婚しているということ、そしてムトア婚で私の前に三人と結婚したことがある、ということです。」

Q 「彼はあなたにシーア派への改宗を求めましたか?」

A 「いいえ。彼の奥さんもスンナ派だそうです。」

Q 「あなたの気づいた、彼の奇妙な行動は何かありましたか?」

A 「彼はイランとレバノンに何度も行き、その度に多額の資金を得てきているようでした。また彼は、とても奇妙な3つの大きな指輪をしており、そのひとつには(四代目カリフの)アリーの絵が描かれていました。また彼は、大汚جنبの状態のままでモスクに行ったこともあります。アーシューラーの日、彼は私の家にいたのですが、そのまま(つまり性交渉を行ってグスルをしないまま)フセインモスクに行こうとするので、私が驚くと、『神は我々をこのように創造なさったのだから、ふつうのことだ、問題はない』と平然としていました。また彼はハシーシュを吸い、お酒も飲んでいたのですが、『酒を飲んで礼拝することは、別にふつうのことだ』と言っていました。

Q 「最後に連絡があったのはいつですか?」

A 「新しい番号からSMSが送られてきて、そこには『あなたは神の前で私の妹である』と書かれていました。それで私は、彼は本当に私を離婚したいと思っていて、私は単なるムトア婚の相手であったのだと再認識しました。私は神のもとで正しい状態で生活したいと思っているだけです。」

インタヴューは以上です。その他にもイランではいろんな種類のムトア婚が認められていて、

1)お試し婚:男の主人と女のお手伝いさんの間で認められるムトア婚
2)出産婚:妊娠と出産だけを目的として性的関係をむすぶムトア婚
3)扶養婚:女性が一定期間扶養してもらう目的で行うムトア婚

なんかがある、とも書かれていました。

私は個人的にはシーア派シンパでもスンナ派シンパでもありませんが、この記事を読むと単純に、この男はひどい奴だな、と思ってしまいます。ムトア云々より以前に、「これって単なる強姦じゃん?!」と思う人は私だけではない・・・はず。この記事がどの程度真実を反映しているかは不明ですが、エジプトにおけるシーア派とスンナ派間にはこうした問題もあるのだろうということがわかっただけでも、非常に興味深かったです。

エジプト人に聞くと、みんな、シーア派って名前は知ってるけど何だかわからない、と言います。エジプトの学校には宗教の授業というのがあって、ムスリムはイスラム教、キリスト教徒はキリスト教についての授業を受けるのですが、イスラム教の授業ではそもそも、「イスラムにはスンナ派とシーア派がある」旨に全く言及しないそうです。スンナ派の人はスンナ派だけが正しいと思っているので、スンナ派が大多数をしめるエジプトでは、当然といえば当然のことです。従って、エジプト人の中には、「シーア派はイスラムじゃない」なんて言う人もふつうにいます。

日本でイスラムの授業をする際に、スンナ派とシーア派の二大宗派について言及するのが当然というスタイルでやってきた私としては、エジプト(の宗教の授業)においてはシーア派は存在しないことになっている、という事実に大変びっくりしたのを今でもよく覚えています。

シーア派の存在が顕在化してきた現在、今後の宗教の授業のあり方も気になるところです。

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ガイドなしでも完璧な考古学博物館見学マニュアル:二階編

ガイドなしでも完璧な考古学博物館見学マニュアル:一階編に続いて、二階編です。

エジプト考古学博物館二階は、1922年にカーターによって発見されたツタンカーメンのお宝が満載です。

1)ラムセス二世像の後ろの階段をのぼると、前方と右手二方向に、ツタンカーメンのお宝コーナーがあります。まず右側の壁をみると、ツタンカーメンの墓の発見された当時の様子を図示したものがあります。それを見ると、ツタンカーメンのミイラが、四重の厨子と三重の人形棺のなかに、黄金のマスクをかぶった状態でおさめられていた様子がよくわかります。ちなみにミイラ自体は王家の谷にありますが、副葬品はほとんどこの考古学博物館にあります。

2)そのまま右手にすすむと、死者の世界の神でミイラ作りの神ともされる黒い犬の姿をしたアヌビス神や、ミイラから取り出した内臓をいれるカノポス容器やそれをしまう黄金の櫃などが展示されています。そもそもミイラというのは、死後の世界で復活したときに、体がちゃんとしていないと困るから、という理由で作られたそうなのですが、復活したときには内臓もちゃんとないと困るので、防腐処理をほどこして内臓も大切にしまったようです。

3)正面には黄金の厨子がおかれています。その右側の3という部屋に、ツタンカーメンの黄金マスクがあります。純金製の黄金マスクにはハゲタカとコブラがついていますが、ハゲタカは上エジプト、コブラは下エジプトの象徴とされます。マスクの後方には死者の書がほられており、死後の世界でどううまくやるべきかについてのマニュアルのようなものが記されているそうです。3の部屋にはほかにも、黄金マスクと同じく純金製の人形棺や、装飾品などが展示されています。

4)3の部屋からでて左に戻ると、右側の壁に怪しげな三角形の布が飾られています。これはツタンカーメンのふんどしといわれているものです。あま布で作られており、よくみると、絹のようなきめ細かさであることが確認できます。やはり王の装着するものは、下着までもハイクオリティーであったということのようです。

5)ふんどしから直進した左側(階段あがってすぐ左)には、ガラスケースにおさめられたドライフラワーが展示されています。これは矢車草で、ツタンカーメンが亡くなった際、王妃が手向けたものとされています。死者に花を手向けるという現代人に通じる行為が、彼らをぐっと近いものにかんじさせます。

6)矢車草から左に進む(階段から直進)と、まだまだツタンカーメンの副葬品がたくさん並べられています。個人的にはライオンが舌を出し右手を出して「はーい」としているような像が好きです。この像はしっぽもまたかわいらしいので、是非後ろからも見て下さい。この像は、別の人から、ハワード・カーターが盗んで持って帰りたい衝動にかられたと言われていると聞いたのですが、真相は定かではありません・・・。

7)直進すると、ツタンカーメンの黄金の玉座があります。王妃がツタンカーメンに香油を塗っているシーンが描かれており、夫婦が一対のサンダルを一足ずつはいているなど、仲睦まじい様子がなんとなくステキです。上部には、お父さんのアクテンアテンが信仰したアテン神(太陽とそこから光がふりそそいでいるような図)が描かれています。

8)さらに直進すると、階段の手前にツタンカーメンの等身大の立像があります。黒い像で、これはカーという守護霊のやどる像とされているそうです。

9)ツタンカーメンのお宝を後にしてからすぐ左手に、ミイラ室の入口があります。ここは別料金です。ラムセス2世のミイラなどが展示されていますが、今回は省略しました。

10)ミイラ室から直進すると左手の奥に53の部屋があります。ここには動物のミイラが展示されています。巨大なワニや魚(ナイルパーチ)、牛や犬、猿など、あらゆる生き物がミイラにされています。古代エジプト人はあらゆる生き物に神が宿っていると考えていたそうで、ペットの犬や猿をミイラにしたのは、それだけペットを大切にしていたことの証だそうです。猿のミイラは実に、リアルです・・・。

11)ミイラ室から出て左手の階段で一階に下り、出口方向に向かいます。

文字だけの説明でしたが、機会があれば是非ご自身の眼でご覧になってみてください。考古学オタクの友人曰く、日本で一個でてきたら大騒ぎが起こってすぐ国宝になるような遺物が、ごろごろしているそうです。

なおエジプトでは現在、ギザのピラミッドに隣接する「大エジプト博物館」なるものが建設中で、2012年3月に着工式が行われたのですが、これが完成すれば考古学博物館のお宝はすべてこちらに移されるそうです。その暁には、展示もきちんとした形がとられ、ガイドなしでも問題なく見学できるようになる・・・ことを祈りたいと思います。

エジプト人に聞くと、展示がちゃんとしていて、説明もちゃんと書かれていたら、ガイドの仕事がなくなっちゃうじゃーん?!なんて言ったりするのですが、どうなることやら。

なお、大エジプト博物館の完成は(一応)2015年とされています。あと3年、本当に出来上がるのかなあ・・・。



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あるエジプト人女性の一周忌

とある人の一周忌に参列してきました。

彼女が亡くなってから、もう一年。まだ一年。
31歳の若さにして、事故で亡くなった彼女。娘に先立たれたご両親の気持ちを思うと、胸がつぶれそうになります。

イスラム世界は広いので、ひとくちにムスリムと言っても、墓地や死者を悼むやり方は地域によって様々な違いがあります。

エジプトの場合、墓地は一定の広さごとに壁で囲われており、一般的にはその一区画が一家族の所有となっていて、家族の成員が亡くなった際にはそこに埋葬されます。「墓を買う」というのはこの一区画を買うことを意味し、多くの人は自分が死ぬ前に自分の墓を準備しておきたいと思うようです。

例えばカイロには、シタデルの手前に広大な墓地エリアがあります。幹線道路から一歩入ると、このような光景が広がっています。

カイロの墓地

各墓の入口には鍵がかかっており、この鍵を管理するバウワーブ(門番)とその家族は通常、墓地に住んでいます。この他にも墓地にはホームレスなどたくさんの人が住んでおり、2008年の調査ではエジプト人8000万人のうち300万人が墓地住民だとされています。人がたくさん住んでいるので、墓地の中にはお店もあればシーシャの吸えるマクハー(カフェ)もあります。

墓の入口には、家族の名前が記されています。

墓入口

ムスリムは遺体を布でくるみ、棺に入れず、そのまま土葬しますが、その場所は必ずしも明示されません。彼女の埋葬された場所にも、何もおかれていません。今日は一周忌の参列者のために、その場所の前に椅子が並べられています。

墓

ムクリウمقرء(コーランを朗誦する人)がやってきて、ヤースィーン章を唱え、彼女が神のもとで祝福され天に召されることを願うドゥアーを唱え、最後に参列者全員でファーティハを唱えます。

ムクリウ

このムクリウが非常に怠慢というか、心がこもっていないことこの上なくて、「仕事だからこれやってるけど、なんか文句ある?」的なやる気のなさをみなぎらせており、私は怒りを覚えてしまいました。ドゥアーの途中に遺族に対して、「ところでこの人(亡くなった人)、男?女?」とたずねたり、胸ポケットに入れた携帯がなったところ、取り出してメッセージに返信したり。私がその旨を同行したエジプト人に述べたところ、「ムクリウっていうのは仕事でやってるだけだから、別に言ってることの意味なんて何もわかってないんだと思います」と言われ、そんなもんなのかな・・・と釈然としないものを感じました。

遺族は埋葬場所に白い花をたむけ、参列者にコーランを配っていました。私がかつて住んでいたモロッコでは、(少なくとも私の知る限り)墓に花をたむけることはハラームだとされていましたが、カイロではそんなこともないようです。

彼女の旦那さんは人目をはばからず涙を流しており、私までもらい泣きしてしまいました・・・。墓地には彼女の死の記念樹が植えられています。

記念樹

このごろ少し秋めいてきたカイロ。この木が緑色の大きな葉っぱを元気に広げている様子が、なぜか哀しく映りました。

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ガイドなしでも完璧な考古学博物館見学マニュアル:一階編

エジプト考古学博物館は、エジプト観光には絶対に欠くことのできない場所です。

カイロにお客さんが来た際には、どんなに多忙な訪問であったとしても、ピラミッドと考古学博物館だけはお連れすることにしています。しかし、この博物館。世界的なお宝満載の超重要スポットであるにもかかわらず、お宝の展示方法は極めて適当であり、館内には見学順序も示していなければ、展示物の説明もほぼ皆無です。

つまり、お客を案内したくても、実はどう案内すればいいのか全然わからない、というのが、私の悩みのひとつでした。ところが先日ついに、数少ないカイロの友人のひとりである某考古学オタク氏に博物館ガイドをしていただけるという、千載一遇の機会に恵まれました。

館内は写真撮影禁止ですので、以下、文字だけでひたすら見学マニュアルを記します。基本的には備忘録ですが、ガイドをやとわず、短時間で、見るべきものを見たい方にはきっと便利だと思います。

1)敷地内に入ると、建物の正面玄関前に池があり、そこにハスとパピルスが植えられています。ハスは上エジプト、パピルスは下エジプトを象徴する植物であり、両モチーフは館内の展示物中でも繰り返し用いられています。エジプトはナイル川を基準にものを考えるので、ややこしいですが、上エジプトというのはナイル川上流(つまり南部)を、下エジプトというのはナイル川下流(北部)を指します。

2)館内に入ってそのまま10歩くらい前進すると、ガラスケースに入った平べったい石が展示されています。これが、ナルメルのパレットです。ナルメルというのは今から5000年以上前にエジプトの第一王朝をつくったとされる王様で、パレットの表と裏にはナルメルが南北エジプトを統一したことをうかがわせるレリーフが記されています。ここから古代エジプトの歴史は始まるので、これを一番最初に見るのが肝心です。またなぜパレットなのかというと、化粧に使う顔料を混ぜ合わせるという用途があったためですが、実際に化粧パレットとして使われていたかどうかはよくわからないようです。

3)ナルメルのパレットから少し入口方向に戻り、入口からみて右側に、帽子が半分欠けた王様の頭像があります。このコンドーム状(笑)の帽子は白冠といわれ、上エジプトを象徴するそうです。ナルメルのパレットにも、コンドームをかぶったナルメルの姿が確認されます。ナルメルのパレットやこの帽子半分像には、頭のない死体がずらずらと描かれており、戦乱の世であったことがあらわされているとのことです。

4)入口からみて左手すぐに、白っぽくて目がくぼんでいる王の座像があります。これが世界最古のピラミッドとされるサッカラの階段ピラミッドをつくったジェセル王です。今から2700年ほど前の王であり、階段状といういまいちイケてない形状ではあっても、ピラミッドを建造できたということは、それだけの大規模公共工事を行う力を王が持っていたことの証です。ジェセル王が支配していたのは、南北エジプトあわせて400万人程度であったとされています。

5)ジェセルを通過して道なりに右折し、少し前進すると、右側に32という部屋があります。ジェセルから32の部屋までの道には、パンやビールを作る人々の像や、二宮金次郎のような像があります。人々の生活の様子をそのままうかがい知ることのできるこうした像は、考古学的に非常に価値があるそうです。32の部屋へ入り、直進して右奥に入ると左の奥に小さなガラスケースに入った極小(7.5センチ)のファラオ像があります。これが世界最大のピラミッドを建造したクフ王の現存する唯一の彫像です。

6)32の部屋から一度出て、左隣の37という部屋に入ると、正面にカフラー王の像があります。ギザの三大ピラミッドの中央にあるピラミッドの建造者とされ、ギザのスフィンクスはこのカフラー王のピラミッドに付属するものとされています。

7)37の部屋には他にも左側に西郷さんというか行基というか、そんな風情のカーアペル像があります。これは現存する最古の木製立像とされています。4500年も前に作られた木像が残っているということは、それだけエジプトが超乾燥地帯であることの証です。発見した人の住んでいる村の村長さんに顔が似ていたので、村長さんの像なんて言われているそうです。また右側には書記の像といわれる、おかっぱ頭のおじさんがあぐらを組んでいる像があります。古代において文字を使える人というのはごく限られていたため、書記というのはかなりの特権階級であったそうです。

8)37の部屋から出て、クフのいる32の部屋にもう一度もどります。正面には色彩の美しい夫婦の像があり、左側には夫婦と子ども二人の家族四人の像があります。家族像の父親はおそらく小人症だったのではないかといわれ、それを支える妻の姿がなんともけなげです。また二人の子どもはいずれも口に指をくわえていますが、古代エジプトでは子どもの像は概ね指くわえスタイルで描かれるそうです。

9)32の部屋を出て、右方向に進むと、右への曲がり角直前の中央に頭の上半分が欠けた像があります。これが古代エジプト唯一の女性ファラオとされるハトシェプストの像です。通常ファラオは男性であったため、彼女は女性であったにもかかわらず、彼女の像にはヒゲがとりつけられています。

10)道なりに右折して前進すると、左側に3という部屋があります。ここがアクテンアテン(イクナートン)の部屋です。2010年に発表された遺伝子調査で、ツタンカーメンの父親であるとされた王です。彼は、多神教から一神教への宗教改革を行ったとされ、また新しい美術様式を採用し、それまでのマス目にそってルール通りに描かれた像や絵画は写実的な描写へと変化しました。写実的というわりには、アクテンアテンの像は宇宙人のような姿で描かれていますが、これは病気だったとか遺伝子異常とか、両性具有のように見せるためだとか諸説あるようです。当時のエジプトでは各地で様々な神が信仰されており、アメン・ラーという太陽神がそれらを束ねるとされ、アメン神殿の神官たちが絶大な権力を有していました。アクテンアテンは神官たちから権力を取り戻すべく、政治的意図をもって宗教改革を行ったともいわれます。レリーフに描かれている丸い太陽とそこから光が降り注ぐような図が、唯一神アテンを示します。アテンを崇拝できるのはアクテンアテンとその家族のみで、その他の者たちはアクテンアテンを崇拝することを通して神を崇拝せよ、という形式をとったそうです。またアクテンアテンは、美人で知られるネフェルティティの旦那さんでもあります。3の部屋の左奥には、製作途中のネフェルティティの像があります。完成品のネフェルティティはベルリンのエジプト博物館にあり、エジプト人が繰り返しかえせ!と訴えています。またネフェルティティが美人だったからかどうかはわかりませんが、アクテンアテンは家族思いであったともされ、子どもとちゅーをするファラオの像なども残されています。

11)3の部屋からでて左に進むと突き当りに指をくわえ、後ろに大きな鳥がどーんとのっかっている像があります。これが王のなかの王といわれるラムセス2世の子ども時代の像です。後ろの鳥はホルス神で、後ろからラムセス2世を護っている様子を表しているようです。なおホルスというのは天空と太陽の神とされ、エジプト航空のキャラクターがこのホルスです。

12)ラムセス2世の後ろの階段を上って、二階へと進みます

ガイドなしでも完璧な考古学博物館見学マニュアル:二階編へと続く

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珍果シャカトウ

果物屋さんで、こんなものを買ってみました↓
カスタードアップル

恐竜の卵のような、なにやら不思議かつ興味のひかれる形状かつ色をしています。

最初見かけたときは新種のアーティチョークかと思ったのですが、果物屋のおじさんに聞くとقشطة(イシュタ)という名前の果物だ、とのこと。イシュタというアラビア語は通常クリームの意味なので、それくらい甘いということなのかしら?と思いつつ、試しに一個買ってみました。ネットで調べると、どうやらこれはバンレイシ属のシャカトウ(釈迦頭)とよばれる果物で、英語ではこのバンレイシ属の果物全般をカスタードアップルCustard Appleと呼んだりするようです。

すごくかたいのかと思ったら意外にふよふよと柔らか。イボイボの先の方が黒ずんできたら食べごろサインらしく、おじさんが「明日まで待ってから食べな」と言うので、翌日まで放置し、半分に切ってみました。

半分に切ったカスタードアップル

ひとつしかないイシュタを事務所にいたみんなで分け合うべく、これをさらに半分に切り、みんなでちょっとずつ食べてみました。

一口食べた感想は、「おいしい!」です。

果実は非常に柔らかく、カップアイスを食べるような感覚で皮から果実をすくって食べられます。甘みがこれまた非常に強く、私がこれまで口にしたどの果物よりも甘かった〜。味は、こってりした梨が南国風味にアレンジされた感じ・・・です。

イシュタを分け合ったエジプト人のおじさん(50歳)は、最初に見た時「え、なにこれ、ハルシューフ(アーティチョークの意味)?」と私と全く同じ感想を述べていたのですが、不気味形状に難色を示していたにも関わらず、一口食べて「うまい!」と絶賛していました。

エジプトでも一般的な果物ではないようで、値段も1キロ25ポンド(300円ちょっと)と結構高級です。私が買ったものがだいたい500グラムくらいで、160円程度。

バンレイシ属の果物のひとつにチェリモヤというのがあり、チェリモヤは世界三大美果とされているらしいのですが、そのチェリモヤとこのシャカトウをかけあわせたものをアテモヤといい、日本のサイトでは1キロ(だいたい二個)8000円以上で販売されていました・・・。「森のアイスクリーム」なんて言われているそうで、私はアテモヤは(もちろん)食べたことがありませんが、今回食べたシャカトウも確かにそんな風情の味わいでした。

日本で1個4000円じゃ無理だけど、エジプトで1個160円ならば買えるじゃん!!

食材貧困地帯エジプトで、ちいさな喜びを見いだした一日でした・・・。

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2歳半でまだまだ授乳中

現在2歳半になる娘は、まだまだ離乳の気配が全くありません。

朝一番、起き抜けの「ぱーい!」に始まり、朝食後、着替え時、幼稚園に行く前、幼稚園からの帰宅途中、帰宅後、お風呂の前、お風呂の後、夕食の後、眠る時、眠っている途中・・・と、あらゆるタイミングでぱいを飲みます。

幼稚園の休みの日には、それこそ一日中、場所も時間も選ばずぱいを飲みまくります。

私にとっては初めての子育てであり、別に現代日本的スタンダードな子育てを目指しているわけではありませんが、それでも、こんなに長いこと授乳が続くとは想像していませんでした。

妊娠中に読んだいくつかの育児に関する本には軒並み、できれば子どもが自分から「卒乳」するまで授乳を続けましょうと書かれており、また母乳が栄養面で優れていることは言うまでもなく、子どもの精神的安定のためにも授乳が大切である旨が強調されていたので、これまで娘がほしがるままにぱいを与えてきました。

いや・・・「与えてきた」のは1歳くらいまでで、それ以降は彼女が自ら手を伸ばし、私のぱいを引っ張りだして、勝手に飲むようになりました・・・。2歳をこえた今では、馬乗りになって飲んだり、逆立ちのような格好をしてアクロバティックに飲んだり、ぱいを口の中いっぱいに入れて「がらがらがら〜」とうがいをしてから飲んでみたり、もうむちゃくちゃです。

私はもともとママ友というのがたいしていませんが、それでも、私の身の回りのママたちは全員、1歳前に授乳をやめていました。みな仕事をしているから、というのもあるのでしょうが、無理矢理やめたというわけでもなく、自然と飲まなくなったよ、的な話をよく聞きます。私も娘が6ヶ月ぐらいの頃からぼちぼち仕事を始めたのですが、そのタイミングでも離乳せず、離乳食が始まっても離乳せず、大人と同じご飯を食べるようになった今でもまだ離乳しません。

イスラム世界では一応、授乳は2年間というのが伝統&常識になっています。
もうその期間もかるーくこえてしまった我が娘。

最近になって、「なんでうーちゃんは、いつもいつもぱいばっかり飲んでるの?」と聞いてみたところ、「うーちゃん、ぱいが好きだから」という回答が返ってきました・・・。

好きならば仕方ない・・・。

ぱいのせいで、私は未だに朝まで熟睡するということができません・・・。
ぱいのせいで、私は未だに胸元のしまった服を着ることができず、おしゃれの幅が狭まっています・・・。
ぱいのせいで、生理がもどってきたのはつい最近、娘が2歳5ヶ月の時です・・・。

いつまで続けるのが見当がつきませんが、とりあえず初志貫徹、彼女が自ら卒乳するまで放置しようと思います。

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アインソフナ:ホテル比較編

アインソフナالعين السخنةは、カイロから車で1時間半ほど行ったところにある紅海リゾートです。アインソフナ


エジプトの紅海リゾートというと、シャルム(シャルム・エルシェイク)が有名ですが、シャルムはカイロから飛行機に乗るか、もしくは延々と車を走らせて行かなければならないので、そう気軽には行かれません。

それに比べるとソフナは非常に身近なリゾートで、我が家の場合には「思い立ったら行く」というノリでいつも行っています。なぜならカイロ在住者にとってのソフナは、いわゆる「安近短」で楽しめる唯一の場所だからです。

ソフナにはホテルがたくさんあり、それぞれがプライベートビーチとプールを持っています。ホテルによっては、エジプト人がヴィッラと呼ぶ別荘の集合体が附属していたり、ゴルフ場を併設していたりします。我が家で利用したことのあるホテルは以下の三つです。

1) Stella di Mare Grand Hotel (以下ステラと略)
2) Moevenpick Resort El Sokhna (以下モーベンピックと略)
3) Romance Hotel (以下ロマンスと略)

結論から先に言いますと、総合的にはステラが一番いいと思います。

ソフナは基本的に金持ちエジプト人のためのリゾートなので、サービスや食事のスタンダードは彼ら仕様に設定されています。従って外国人は、ソフナのホテルに過度に期待してはいけません。

でもよいところもたくさんあります。

まず海がきれい。
水の透明度が高く、泳いでいる魚がたくさんみられます。
運がいいと、イルカもみることができます。
注意:時々サメも出没します。。。

そして景色が雄大。
背後に岩山、海の向こう側にはシナイ半島、というワイルドな景色が広がります。
スエズ運河を通る大型船の往来ものぞむことができます。

だから(少なくとも多少は)リラックスできます。
砂砂世界のカイロよりは空気もいいですし、交通量も人の数も圧倒的に少ないので、ちょっと生き返った気になれます。そもそも夏のカイロは、暑すぎて日中の外出はほぼ不可能ですから、海やプールで泳ぎつつ外気を満喫できるだけでも、カイロ在住者にはありがたいのです。

そのかわり、ソフナはカイロより更に暑いので、夏場の海水は温泉並みの温かさだったりしますが。。。

ホテルに話をもどしますが、ステラが一番いいとお勧めする理由は以下の通りです。

1)プールが広くて美しく、部屋から近くにある
ステラのプールは非常に広く、深さもうちの2歳の娘が遊べるような浅い場所から、私の背丈より深い場所までいろいろあるので、泳いでいて楽しいです。掃除も行き届いています。また、ホテルの中庭的なところに位置しているので、部屋からすぐに行かれるのが便利です。

2)ビーチの砂のキメが細かく、果てしなく遠浅な海が広がっている
2歳の娘の膝丈ほどの水深しかない海岸が、プールのすぐ前に広がっています。大人が満足に泳ぐ為には相当先へ進む必要がありますが、子どもがパシャパシャと水遊びをするには最高の環境です。カニやヤドカリを捕まえたり、魚を追いかけたりするのも楽しいです。ちなみにモーベンピックのビーチは非常に狭く、船着き場のすぐそばなので結構ゴミが多いです。またロマンスのビーチは砂浜ではなく砂利がごろごろしているので、痛くて裸足になることができず、(私たち的には)論外です。

3)値段が安い
どのホテルも安いのですが、ステラはジャーナリスト割引という謎の割引がきくので、私たちは格安で泊まることができます。ソフナのホテルの宿泊費にはハーフボードというのが含まれていて、朝食と夕食のビュッフェが自動的についてくるのですが、大人2人(子どもは無料)で一部屋、ハーフボードつきで一泊日本円にして7000円程度です。

残念ながら、ソフナのホテルはどこも食事がマズく、ステラもその例外ではありません。しかしソフナのビーチにはホテルしか存在しておらず、ホテル宿泊者にとってホテルで食事をする以外の選択肢はありません。やむを得ず、私たちがとっている対策は、

1)朝はお弁当を作って持参する
2)醤油を持って行く

の2つです。ビュッフェのマズい料理も、醤油によって多少救われるケースが多々あります。

カイロ在住の方、あるいはエジプトへの旅行を考えてらっしゃる方も、シャルムよりお気軽な紅海リゾートを是非お試しください。

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丸ごと一匹魚の煮付け:ハタの場合

ハタの煮付け

エジプト在住の日本人の多くは「エジプトでは魚が手に入らない」と言いますが、それは真実ではありません。

エジプトは地中海と紅海に接した豊かな漁場を有する国であり、エジプト人は魚を食することを誇り(?)とする人々・・・というか、彼らは普段肉食に偏っているので、たまに魚を食することに非常に喜びを感じるようです。特にカイロ在住エジプト人は、アレクサンドリアやスエズといった港町に行った際に、そこでとれたての魚を食べることに格別な思いを抱いているようで、更になぜかその時だけ、ヘルシーライフを送っているような錯覚に陥るようです。

またエジプト人は基本的に髪の毛がクルクルもしくはチリチリであるため、日本人のまっすぐ黒髪はエジプト女性の憧れの的なのですが、「日本人は魚ばかり食べているからまっすぐヘアーなんでしょ?」と真剣に質問されたことが数度あります。「絶対に違う!」と思いつつも、「へえええええええええええっ?!そうだったんだ!!知らなかった。。。」と妙なリアクションをしてしまう意地悪な私。ごめんなさい・・・。

話が脱線しましたが、何が言いたいのかというと、エジプトでは結構なクオリティーの魚が手に入るし、それを使えば(エジプトですら)かなり豪華な和食ライフを送ることができる!というわけです。

今回ご紹介するエジプトの地魚はこちら↓
ハタ


エジプトではوقارとかهامورと呼ばれている魚で、おそらくハタの一種です。もっとカラフルな模様がついているものもありますが、こちらは地味めなほうです。身がしっかりした味わい深い白身魚で、かなり高級な味がします。

エジプトでは魚は基本的に丸ごと売られているので、今日はこちらを丸ごと煮付けにするレシピをご紹介します。簡単で失敗なしなので、煮魚初心者の方も是非お試し下さい。

材料:ハタ丸ごと一匹
   しょうゆ 半カップ
   みりん 半カップ
   砂糖 大さじ2〜3
   酒 大さじ4
   しょうが

作り方:
1) ハタのお腹を取り出し、ウロコを落としてから、水洗いします
2) 魚全体とお腹の中に塩をふり、10分ほど放置します
3) ふきんやキッチンペーパーで、魚からでた水分をきっちりふきとります
4) ハタが丸ごと入るサイズのフライパンに、しょうゆ、みりん、砂糖を入れて中火にかけ、砂糖が溶けたらハタを入れ、おとしぶたをします
5) 3分ほど強火で煮てから、一度ハタをひっくり返し、またおとしぶたをします
6) 2分ほどしたら、しょうがスライスと酒大さじ4、水1カップをまわしかけ、おとしぶたをし、時々汁を回しかけながら中火で煮ます
7) 最後は煮汁がとろっとするまで煮詰めてできあがり、お好みでわけぎを散らして下さい

丸ごと魚は一度全体に塩をふって、余分な水分と魚の臭みをしっかり取り除くことが、料理をする上で非常に重要です。ハタに限らず、丸ごと魚の煮付けは基本的にこのレシピですべていけます。他におすすめは金目鯛。

丸ごと魚は確かに処理などが多少面倒ですし、食べる際にも骨を取り除く手間がかかりますが、食卓は実に豪華になりますし、第一に魚のおいしさをあますことなくいただけます。

こちらはうちの2歳の娘も大好物で、魚自体は言うまでもなく、魚エキスのしみ出したタレもまた絶品!ご飯が限りなくすすみますよー。

プロフィール

 飯山陽

Author: 飯山陽
イスラム思想研究者。専門はイスラム法。都内の大学でイスラム思想を教えていましたが、現在はエジプトのカイロ在住、メディアの仕事をしています。
イスラム国に関しては別ブログ「どこまでもイスラム国」をご覧ください。

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