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エジプトの日本食材

エジプト赴任が決まった際、知りたかったのにわからなかったことのひとつが、

「エジプトで手に入る日本食材は何なのか?」

という疑問。それがわかれば、日本から買って行くべきものが自ずと明らかになるというものですが、私は全然わからないまま、「たぶん何も売っていないだろう」という想定でことを進めました。

そしてこの疑問に対する答え。それは、

「醤油だけ」

というものです。

醤油だけは、まともなものが手に入ります。

DSC_0035.jpg

あやしげな中国醤油も売っていますが、それらには決して手を出してはなりません。色だけは醤油ですが、味は・・・です。

醤油以外の日本食材は、ほぼ皆無です。カイロ市内には、個人的に日本食材を商っている人などもいるそうですが、私はそうした人と関わるのが面倒なので、必要な食材は

1)日本から送ってもらう
2)外国に行った時に購入する

ことにしています。

私が日常、これだけは欠かせない、というものは、

 昆布
 鰹節
 味噌

この三つです。

私は「ほんだし」的な粉末のだしが嫌いで、必ず昆布と鰹節でだしをとらないと気が済みません。

必須ではないけれど、あると有り難いのは、

 みりん
 ポン酢
 切干し大根
 ひじき
 海苔
 干し椎茸

あたりです。

酢と酒は、こんなので代用しています。

DSC_0037.jpg

左はカイロで最も一般的な酢、右は安いエジプトの白ワインです。料理やドレッシングに使う分には、全く問題ありません。

日本食材ではありませんが、実はこれはあるよ、というものが「練りゴマ」です。タヒーナと呼ばれていますが、エジプトでは非常に一般的な食材なので、このタヒーナにしょうゆ、味噌、砂糖、だし、酢などを混ぜ合わせれば、いくらでもゴマだれやゴマドレッシングが作れます。なので、ゴマだれ系は持ってくる必要なし。

最近、エジプトの高級食材店「グルメエジプト」では、「しゃぶしゃぶ肉」なるものを売り出したので、うちでも何かというとしゃぶしゃぶをするのですが、ゴマだれを容赦なく使うことができるのは有り難いです。(ポン酢はケチケチ使いますが・・・。)

油に関しては、ひまわり油、オリーブオイル、ごま油が手に入るので、こちらも持ってくる必要なし。

あと、中華系では、オイスターソースが手に入ります。

DSC_0036.jpg

でもそれ以外は、妙な「○○の素」みたいなものしか売っておらず、豆板醤とか豆豉といった基本中華食材は全然売っていません。私は先日、中国に住んでいる義父がエジプトに来た際、

 豆板醤
 甜麺醤
 豆豉
 花椒
 ラー油

を買って来てもらいました。これだけあれば、麻婆豆腐が作れます。

あと、当たり前ですが、砂糖と塩は売っています。塩は、私は輸入ものの岩塩を買って、ミルでガリガリやって使っています。

粉ものでは、薄力粉、強力粉、片栗粉、コーンスターチが売っています。

麺系は、パスタ(マカロニ)はいくらでも売っていて、あと乾麺のうどん、そば、素麺が手に入ります。いずれも全然おいしくありませんが、まぁこれでもいいか、という程度のクオリティー。冷麺、フォーと春雨も売っています。

食生活は個人や家庭によって千差万別ですが、これからカイロに赴任もしくは長期滞在する予定の方にとって、少しでも役にたてばよいなぁと思います。
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エジプト米の食べ方

エジプトは知る人ぞ知る米食文化圏です。

エジプトの国民食モロヘイヤ・スープは必ずご飯にかけて食べますし、同じく国民食コシャリにも米は入っていますし、人をもてなす際に必ず作るマフシーは、野菜や肉にご飯をまいたりつめたりして煮込んだ料理です。レバノン料理ではドルマと呼ぶものですね。

これらに使われる米は日本米と同じ短粒米。

エジプト人はこれをサムナという澄ましバターで炒めてから、シャアリーヤという激細の短いパスタを揚げたものと一緒に炊き込む「ルッズ・ビ・シャアリーヤ」にして食べるのが一般的です。サムナというのは、モロッコでスメンسمن、インドではギーと呼ばれているもので、ものすごいハイカロリーなのですが、エジプト人はこれでご飯を炊かないとご飯じゃない、というくらい、米料理には必須の脂です。

なぜこんな説明をしているかというと、私は基本的にエジプト米を食べて生活しているよ、ということが書きたかったからです。

私がいつも買っているのが、この米。

DSC_0034_20130331203910.jpg

この「ドーハ米」は、ものすごく一般的なものなので、カイロ市内でいつでもどこでも簡単に手に入ります。

うちはこれを、日本流に普通に水だけで炊いて食べています。

エジプトに来たばかりのころは、「なんてマズい米なんだっ?!」と思っていたのですが、不思議なもので、少しするとこれが普通だと思うようになってきました。

ドーハ米の特徴は、

1)パサパサする
2)甘みがない

点にあります。

これを少しでもマシに食べるコツは、

1)きっちり吸水させる
2)ほんの少し多めの水で炊く
3)時間をかけて炊くコースがある場合にはそれで炊く

ことです。

普通に炊いて食べる以外には、混ぜご飯がおすすめです。炊き込みご飯にすると、パサパサ度がアップするので、混ぜご飯のほうがよいです。

別においしくないけど、まぁこれでいっかー、と思って生活していた矢先、突然日本から「コシヒカリ5kg」がもたらされました。

日本からの出張者が、わざわざ持って来てくれたのです。

いやぁ・・・これ食べちゃったら、もうドーハ米食べられなくなっちゃうんじゃなかろうか・・・と思いつつ、炊いてみたコシヒカリ。

まず、お釜をあけた瞬間。米自体が放つ光が全然違いましたっ!

ドーハ米とは違って、もう一粒一粒がキラッキラしてます。

そして味は、言うまでもありません。

適度な粘り気と、口に広がる甘み・・・あぁ、もう、ドーハ米とは本当に全然違います。

ほぼ2年ぶりに禁断の日本米を口にしてしまった私ですが、ここぞ!という時(来客時とか上等の魚を食べる時とか)だけコシヒカリを炊くことにし、今も基本的にはドーハ米生活です。

そんなケチケチ使ってきたコシヒカリも、もうすぐつきてしまいますが・・・。

あーあ、日本のお米が、思う存分食べたいなぁ〜

03

30

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細菌性急性胃腸炎

非常に残念無念なはなしですが、このところ、病気に次ぐ病気で体調が極めて悪い私。

副鼻腔炎と気管支炎の併発で二度目の通院をし、医者に「あと3週間ね」と告げられ、完治までに通算二か月近くかかることが判明してがっかりした数日後、突然、ものすごい腹痛に襲われました。

子供のころからあまり腹痛を患ったことがないため、それがどの程度の腹痛なのか、いまいちはかりかねたのですが、とりあえずまともに立って歩けない痛さ。整腸剤と鎮痛剤をとりあえず飲んでみたところで、まったく効かず。立てないというか、座ることすら困難で、横になっても差し込むような腹痛で苦しみから逃れられず。

しかも、頭痛もするし、悪寒がして、外は30度を超えているというのに、ヒーターを入れて毛布にくるまってもガタガタ震える始末。

そんなことお構いなしに、いつものようにあれして、これしてとせがみ、もだえ苦しむ私に馬乗りになってくる娘(2歳)・・・。

一晩寝ればよくなるかと思いきや、そもそも腹痛と頭痛と悪寒がひどすぎて、一睡もできず・・・。

熱を測ったら38度台後半・・・。

さすがに翌日、病院へ。

真夏の陽気なのに、セーターを着てカシミヤのストールを巻き、ゾンビのような顔をして現れた私に、シェリーフ先生(私の担当医)もびっくり。

お腹の触診と舌の色などを見ただけで、「なんか変なもの食べた?細菌性急性胃腸炎だよ」、とのこと。

いや、変なもの食べてない。家で自分の作ったものしか食べてないし、全て同じものを娘も食べているが、娘はハイパー元気である旨伝えたところ、「うーん、でも小さい虫とかが細菌持ってくることもあるからねー」とのこと。

この見立てには全然納得できませんでしたし、細菌って、何菌なわけ?!とかいろいろ異議はあったものの、とにかくお腹痛すぎでまともに発話もできず、薬を処方してもらって終了。

ところが、薬を飲んだところ、にわかに痛みが軽減!!熱も下がり、悪寒も引いてきました。

・・・ってことは、先生の見立てがあってたってこと。なんだと思います。

疑ってごめん、先生。さすが、アングロアメリカン病院きっての内科の名医。

軽減したとはいっても、痛みは継続し、しばらく寝たきり状態が続きました。

そして、私は通常かなりの食いしん坊なのですが、驚くべきことに全く食欲がありませんでした。娘が心配して、自分のスープやご飯を私に食べさせにきたほどです。

細菌攻撃と食べていないことがあいまって、ものすごい脱力感と、立ってもフラフラする状態が、1週間たった今も続いています。

こういう時に限って、夫は長期出張中で、今回ほど娘のわんぱくっぷりが恨めしかったことはありません・・・。幼稚園の送迎は運転手にお願いし(感謝)、幼稚園のない日は幼稚園の先生にバイトでうちに来てもらって娘の遊び相手をしてもらい(感謝)、それでも私と二人になると「ママ、おいでー、一緒に遊ぼうー!!」攻撃。

いや、本当に無理なんです・・・(涙)

ごめんよ、娘・・・。

エジプトに来たころは、エジプトで医者になんか行くもんかっ!エジプトの医者なんて信用できんっ!!と思っていた私ですが、実際には、もう情けないほどエジプトの医者にお世話になっています。

エジプトはどんな薬も薬局で買えますが、やはり素人判断で適当な薬を買ってごまかすのではなく、とっとと医者に掛かるべきだ、というのがここに住んで約2年の間にかなりいろんな病気に罹った者としての意見。

カイロ在住の皆さん、ザマレクのアングロアメリカン病院はものすごい外観&一見かなり適当そうな医者ぞろいですが、みんなキリスト教徒だし(←重要)、実は結構信頼できるお医者さんたちがそろっています。

困った時は、是非。

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エジプトの珍ユダヤ陰謀論

エジプト人は、陰謀論が大好きです。

大好きというか、何ごとも陰謀論で片付ける思考法が脳髄にまで浸透しているようで、一般の人々は言うに及ばず、新聞やテレビでも陰謀論がまことしやかに語られるのが普通です。

とりわけエジプト人が好きなのは、ユダヤ陰謀論です。

ユダヤ陰謀論といえば通常は、「世界のあらゆる出来事を背後で操っている世界の真の支配者はユダヤ人である」というものですが、エジプト人は「そのユダヤ人が特に執拗に狙っているのがエジプトである」と思い込んでいます。だから、何かというと「これはユダヤ人の仕業だ!」とか、「モサドの仕業だ!」と大の大人が本気かつ真剣に主張し、その主張にエジプト人の大多数が賛同するのです。

ことの真偽やその主張の根拠なんて、誰も問いません。陰謀論そのものが、大好物だからです。

例えば2011年にエジプトの海岸で観光客がサメに襲われる事件が頻発した際には、南シナイ県の知事や観光省が「このサメはモサドによって訓練され、エジプトに送り込まれたものだ。モサドはエジプト観光に打撃を与えようとしている」と大まじめに主張しました。

いやいや、サメ訓練して人を襲わせるようにするとか、無理だから・・・それになんでそんなめんどくさいことしなきゃいけないわけ???と普通こんな珍陰謀論を否定する方向で思考が進みそうなものですが、エジプト人の場合、思考のベクトルは真逆に向きます。「最近、GPSをうめこまれたサメを捕獲した」とかいう話が別の所から飛び出し、「ほらやっぱりモサドの陰謀じゃんっ!!」「やっぱりエジプトは狙われてるんだっ!」となるわけです。

2012年には、イスラエルの元外相でもある女性政治家ツィピ・リブニが、アラブ諸国を脅迫するために多数のアラブ人と寝たと自ら認めた、という記事がアルマスリ・アルヨウム紙に掲載され、「ほれ見たことか、ユダヤ人はやっぱり頭がおかしい」みたいな世論が生まれました。その後、同紙はこの記事の内容はガセでした、ごめんなさい、と訂正記事を載せたのですが、人々の心に残っているのはガセの内容の方だけでしょう。

今年になってから流行したのは、2月にイランのアフマディネジャド大統領がエジプトに来たことと関係しているのでしょうが、「シーア派の創始者はユダヤ人」という論です。

ある時、うちの運転手が、「知ってるか?シーア派をつくったのは、本当はユダヤ人なんだぞ」と言ってきたので、心の中では「なんだその珍説は?!」と思いつつ、「えっ?!そうなのっ???全然知らなかった・・・詳しく教えて!」とお願いすると、「よし、それじゃあ、いい本を持って来てやる」と言って、彼が持って来てくれた本がこちら。

DSC05044.jpg

著者は、ナジャフのウラマーであるアッサイイド・フサイン・アルムーサウィーالسيد حسين الموسويなる人だとされていますが、これは偽名みたいです。一説によると、この人はナジャフ、つまりイラクのシーア派本拠地のひとつに住んでいるので、恐くて名前を明かせないから、とのこと。

というのもこの本で彼は、「自分はシーア派を棄てた!!」と転向宣言しているからで、こんなことがバレたら、シーア派の連中に何されるかわからんから、ということのようです。

彼がシーア派を棄てた理由はいくつかあるのですが、最も重要なのは、

「シーア派を創始したのはアブダッラー・ブン・サバアعبد الله بن سبأというイエメン出身のユダヤ人であり、彼はイスラム共同体を分裂させ、その中に敵意を植え付ける為に、シーア派を創始したということを知ってしまったから」

という理由です。

あー、なんかこの名前、聞いたことあるなぁと思ってちょっと調べてみたら、実在していたかいないかで研究者の意見が割れている人でした。ホジソンM. G. S. Hodgsonとか、バーナード・ルイスBernard Lewisとか、マーデルングWilferd Madelungといった欧米の歴史・思想研究者だけでなく、ターハ・フサインも彼について書いているのですが、彼らの研究&意見を総合すると、

 そもそもアブダッラー・ブン・サバアなる人物が実在したか、非常に怪しい
 実在していたとしても、ユダヤ人だったかどうかは疑わしい

ということのようです。

ところが、同書の著者は、「シーア派はアブダッラー・ブン・サバアは実在しない人物だなんて言っているが、これはウソだ。ユダヤ人である彼こそが、シーア派の創始者なのだ」の一点張り。

その他に、彼がシーア派を棄てることにした理由としては、

・シーア派があがめる「 預言者ムハンマド一族أهل البيت」たち自身が、シーア派に立腹していたことがわかった
・シーア派が徴収する五分の一税الخمسは、違法な税であることがわかった
・シーア派が認めるムトア婚(快楽婚)は、違法であることがわかった
・シーア派は同性愛を認めているが、それは違法であることがわかった

等々が挙げられています。

彼によると、「私の一族を含むイラクの部族の多くはもともとスンナ派だったが、150年前にイランからシーア派宣教師がやってきて、その言葉にたぶらかされてシーア派に転向してしまった」そうであり、彼は現在イラクでシーア派を信奉している諸部族に「元の信仰(スンナ派)に回帰せよ」と促しています。

まずこの著者が本当は誰なのかわからないという段階で、その内容の真偽を疑ってかかるべきだと思いますし、書かれている内容はスンナ派がシーア派を「偽信者」と批判する際の常套句のオンパレードにすぎないわけですから、スンナ派の人が書いたんじゃないの?と想像がつきそうなものですが、うちの運転手は、

「これは元々シーア派のウラマーだった人が書いたものだから、内容は信頼に値する」

と自信たっぷりに言っていました・・・。

しかも、

「ユダヤ人がイスラム共同体を分裂させるために作ったのがシーア派だから、イスラエルとイランは争っているようにみえて、実は協力関係にあるんだ。奴らの目的は、エジプトを始めとするスンナ派世界を弱体化させ、イスラエルとイランの覇権を確立させることにある。これこそが今の世界の真実なんだ!」

と熱く語っていました・・・。

ほらここでやっぱり出てきました、「エジプトはユダヤ人に執拗に狙われている」論。エジプト人はこの論に取り憑かれているので、この論を立証(?)することのできる証拠(?)であれば、どんなものにも飛びつくのが彼らの習性ですから、その証拠の真偽なんてどうでもいいのです。

・・・。

今後、またどんなユダヤ陰謀論が飛び出してくるのか、密かに楽しみにしているのは私だけ?・・・ではないはずです(笑)。

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エジプトのテレクラ摘発

二日前にエジプトのテレクラ(?)がガサ入れにあい、オーナーとそこで働いていた17人のエジプト人女性が逮捕されたのですが、取り調べによって徐々に実態がわかってきました。

この会社のオーナーはアメリカ国籍をもつレバノン人で、彼は「あなたを待っているわ」、「あなたは私の人生よ」、「あなたと私だけ」といった怪しい名前をもつ7つのエロ系テレビチャンネルを所有しており、それらのチャンネルでは怪しげな写真や映像が放映されるとともに、たくさんの電話番号が表示される、とのこと。そこに電話をすると女性が応対し、声による性的サービスを提供してくれる、というシステムになっているそうです。(こういうシステムを何と呼ぶのかよくわからないので、とりあえずテレクラとしておきました・・・。)

この会社の本拠地はレバノンにあり、オーナーはエジプトの他にモロッコにも事務所を持っているそうで、つまりレバノンとモロッコでも、複数の女性が電話に応対して性的サービスを提供する仕事をしているようです。そういえばモロッコに住んでいる時、聞いたことあるなあ、こういうのがあるって話。

ちなみに、エジプト国内からエジプトの番号にかけると、1分14ポンド(200円程度)なので、かなりの高額です。ここで働く女性達には、レバノン人が応対用のトレーニングを施すそうで、特に重要なのは、「声のみで性的快楽を提供することによって、いかに電話を長引かせて多くの金を巻き上げるか」だそうです。彼女らの月給は5000ポンド(7万円程度)だったとのこと。エジプトは公務員の月給が2000ポンドちょいというのが普通の世界ですから、月に5000ポンド稼ぐ若い女性というのは、ものすごい高給取りです。

この女性達が逮捕されたときの写真がワタン紙に掲載されていたのですが・・・

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ふつうのよくいるエジプト人女性にしか見えません・・・。

しかもふつうにイスラム教徒だし・・・。

エジプトを含む中東アラブ地域では、どこの国にも売春婦がいますし、売春婦が集う特定の場所があるのですが、これらはもちろん違法な存在で、いわゆる風俗街のようなものはありませんし、キャバクラ的なものももちろんありません。しかもここは、そうしたサービス云々とは別に、普通に女性と会話を交わしたり、デートをしたりするのも、簡単ではない世界です。

ですから、「声による性的サービス」なんて、いったい何が面白いのか私にはさっぱりわかりませんが・・・というかそもそも、キャバクラも風俗も何が面白いのかさっぱりわからないのですが、中東の男性にとってはこんなものでもものすごーーーーーーーく嬉しいのかもしれないなぁ、という想像をすることはできます。

そしてこうしたサービスの存在から明らかなのは、クレジットカードの明細を見て、「うっわー、やっべー、先月こんなにテレクラで使っちゃったよっ!!」とか冷や汗をかいているアラブ人男性が、少なからずいるということです。

そしてヒジャーブを被って普通の生活を送っているアラブ女性の中に、「男って本当にバカね」と思いつつ、毎日エロ電話応対をして月にお父さんの2倍以上軽く稼いでいる子もいるということです。

ちなみに残念なことに中東は、セクハラ天国でもあります・・・。以前記したように、エジプトでは82%の女性がセクハラ被害を受けているとされるほどです。

日本や他の諸国と同様に、アラブ・イスラム諸国にも性的サービスは存在するし、(よく聞かれるのですが)同性愛者もいます。ただ他と違うのは、この地域ではそうした行為に携わると逮捕されて刑事罰を受ける、という点です・・・。

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19

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近所でカダフィ甥が銃撃戦&逮捕

先日、カイロで一番安全なはずのザマレクですら、最近治安状況が悪化してきたと記しましたが、今度はまさかの「近所で銃撃戦」です。しかも当事者は、カダフィの甥のアフマド・カッダーフ・アルダンムأحمد قذاف الدمです。

朝、うちの運転手がわさわさした様子に気づいて偵察にいったところ、我々の家からすぐの建物にカダフィの甥が立てこもっており、治安部隊がそれを包囲している、とのこと。双方の間では、数時間にわたって銃撃戦が行われ、治安部隊側にも負傷者が出ていると聞いてきました。

えーーーーーーーーーっ?!

それって、我々がいつも行っているあの銀行のビルだよね・・・?!

まずはすぐ近くに住む知り合いに連絡をして注意勧告、そして運転手に偵察をお願いしつつ、こちらでもいろいろ調べてみた所、カダフィ甥が今朝DreamTVの番組に電話で生出演していた(?!)ことが判明。



曰く、「オレは今朝、正体不明の武装集団に自宅を襲撃されて、オレのボディーガードたちと銃撃戦になり、ボディーガード2人がケガをした。オレは今でも自宅を包囲された状態で、なんでこんな野蛮な扱いをうけなきゃいけないのか、皆目見当がつかない。言っとくけどオレは、外交官なんだ。犯罪者でもテロリストでもない。オレは前の外務大臣の招待を受けてエジプトに滞在してるんだぞ。いわば賓客だ、賓客!」云々。

この妄言のせいで、一時「カダフィ甥が武装勢力に襲われたものの、九死に一生をえた」みたいな妙なニュースが流れたのですが、これだとなんで未だに治安部隊が自宅建物を包囲しているのか説明がつきませんし、運転手が得てきた情報とも食い違います。

結論から言うと、カダフィ甥は12時過ぎに自宅から出て投降し、それで一件落着したからよかったのですが、そもそも事態はこんな感じだったようです。

今日未明(3時頃)、インターポールの要請を受けたエジプト治安部隊がザマレクにあるカダフィ甥を逮捕すべく自宅に行くも、自宅の窓と扉を閉めてしまい、ボディーガードらとともに閉じこもる。
→彼の自宅の窓と扉は対銃弾用の装甲が施されており、正面突破は困難
→治安部隊とボディーガードの間で4時間ほど銃撃戦継続
→12時過ぎ、彼が投降してきて終了
→治安部隊の車に乗せられ、サングラスをかけ、笑顔を浮かべて去る・・・

今回は治安部隊員に負傷者が出ただけでしたが、ことが起こったのは普通のマンションですから、一歩間違ったら多くの一般人が巻き込まれていたかもしれません。この建物には1階に銀行、2階と3階にはレストランも入っているので、なおさらです。

一般人っていうか・・・私もよく行く建物なので、巻き添えになっていたのは私自身かもしれません・・・。

っていうかカダフィ甥!ザマレクに住むなーーーーーーーーーーーーーーーっ!!

「カッダーフ・アルダンム」とかいって、名前すっごい恐いし・・・。

サングラスかけてる姿、結構カダフィに似てたし・・・。

それはどうでもいいとして。

それにしても、事件が近すぎるっ!!

なんでこんなに、いろいろあれこれ、しかもこんな身近で事件が起こるんだろう・・・。

身の回りに十分注意をしつつも、「こんなにいろいろ経験しちゃったっ!」くらいの余裕をもって、暮らさないといけんかもしれない・・・。

03

18

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「エジプトの真の支配者」との闘争

エジプトの今の大統領は、ムハンマド・ムルシーというムスリム同胞団員の冴えないおじさんなのですが、反体制派は口をそろえて、「エジプトの本当の支配者は同胞団の導師(団長)だ!導師を倒せ!」と言います。

この導師というのは、先日チリーズChili'sで若者とモメた、あのムハンマド・バディーウです。バディーウは現在69歳。きっちりしたピラミッド型のヒエラルキー構造をもつ同胞団という巨大組織のトップである導師の座についたのは、革命前の2010年のことです。

もともと同胞団は、革命後の議会選挙で圧勝した後、大統領選挙に候補者を出すかどうかと散々内輪でモメた末に、ハイラト・シャーティルという強面でカリスマ性もあるとされる幹部を擁立、でもシャーティルは選挙法にひっかかって大統領候補要件を満たせない可能性があるということで、一応ムルシーも擁立しました。そしてこの「一応擁立」の方のムルシーが、実際に大統領となったわけです。

こんないきさつもあるので、「ムルシーは導師の傀儡にすぎない」と言われてもしょうがないのですが、最近になって反対派の不満の矛先が直接この導師に向けられるようになってきました。

モカッタムにある同胞団本部前で、反政府デモが行われるようになってきたのです。

先週の土曜日には、本部前でデモ隊と「同胞団軍団」が衝突、デモ参加者や取材にきていたメディア関係者数十名が負傷し、彼らは口々に「やったのは同胞団軍団だ!」と訴えました。

メディア関係者の証言によると、「デモは同胞団本拠地前で、非常に平和なかたちで行われていた」のに、「突然建物から若い同胞団員たちがこん棒や金属の椅子を持って出てきて、我々に襲いかかってきた」そうで、ある人は「シャーティル(既出)のボディーガードが顔に平手打ちを食らわせてきて、更に地面に倒されてキックを浴びせられ、暴行された」と言っています。

これに対して同胞団側は、「こうした主張はでっちあげで、世論をミスリードすることを目的としているのだ」とか、「衝突は、デモ隊が本部に突入しようとして生じたものであり、同胞団の若者たちにデモ隊やジャーナリストを暴行する意図など毛頭ない」とか云々。

こちら、今日の同胞団紙「自由と公正」の一面です。

DSC05035.jpg

「暴言を吐き、衝突を扇動し、同胞団本部に放火し、火炎瓶を投げつけたのは彼の方なのに、彼は『同胞団がオレを殴った!』とか言っている!!」

という見出し。しかもその下にはこんな写真。

DSC05036.jpg

「私たちは忘れない」という文字と共に掲載されている、破壊された同胞団本部の写真。

でも上部には、「2012年12月6日の本部破壊」という但し書きあり。

えっ?!

今回の件と、関係ないじゃん?!

誰が始めたとか、そういう問題はともかくとして、同胞団本部前が催涙弾とか火炎瓶とか鳥猟用散弾(?)とか石とかが飛び交う場所になってしまったのは間違いなく、今も本部前には治安部隊の警備がついています。

モカッタムの同胞団本部前なんて、1年前までは、昼間行っても殆ど誰もいないような、そんな場所だったのに、今や近寄ってはならない場所のひとつです。まあ、そもそも普通は誰も行かないようなところにあるのですが・・・でもこんなふうに、カイロでは危ない場所がどんどん増えていっています。

エジプトの反体制派というのは、ムバラクを倒した「革命」の余韻がさめやらないからか、とにかくデモをして、警官隊や治安部隊に石とか火炎瓶とか投げつけて、彼らと衝突することを「反体制運動」だと思い込んでいるのが残念なところで、実際には秩序をどんどんぶちこわしているだけのように見えます。だって、モカッタム前でこんなことしても、バディーウ倒せないでしょ、絶対・・・。

今日になって検察は、シャーティルのボディーガード3人に出頭を要請しました。

一連の騒動から見えるのはやっぱり、同胞団も反体制派もどっちもどっちなエジプト・・・です。

03

18

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恐るべき停電の予感

エジプトは今夏、ものすごい電力不足に見舞われることになりそうです。

エジプトは1年の半分以上が夏で、しかもかなりの酷暑なのですが、電力不足=停電頻発=エアコンが使えない、ということで、相当深刻な事態に陥りそうです。

なぜ電力不足&停電が予想されているかというと、エジプトが貧乏すぎて、発電に必要な燃料を買うことができないからです。エジプト天然ガス会社によると、

 エジプトが一日に算出する天然ガスの量=57.5億立方フィート
 エジプトが一日に消費する天然ガスの量=65億立方フィート

だそうで、ということはつまり、

 エジプトが一日に輸入しなければならない天然ガスの量=7.5億立方フィート

なわけですが、何しろお金がありません。石油大臣によると、「来期、発電所に必要な燃料は25%不足する」そうなので、ものすごく単純に考えると、一日のうち4分の1、毎日6時間停電することを覚悟しておかなくてはならないことになります。

外国から天然ガスを輸入するには、当然外貨が必要なわけですが、エジプトにはその外貨が全然ありません。ムバラク政権崩壊直前の2010年12月時点で360億ドルあった外貨は、革命後からどんどん減り続け、2012年12月には150億ドルになり、今年の2月末には135億ドルにまで減少しました。

エジプトは天然ガスの他に、原油や小麦など、人々の生活に必要不可欠なものを多く輸入に頼っています。エジプト政府はこれらをドルで購入し、それに多額の補助金をつけることによって、ガソリンやパンを非常に安い価格で人々が購入できるようにするという「補助金政策」を通し、長年エジプト国民の支持をとりつけてきました。これらを輸入する為には、1ヶ月に50億ドルが必要だとされています。

つまり、エジプトに新たな外貨流入がない限り、単純に考えるとエジプトの財政は3ヶ月を待たずに破綻することになります。実際には細々と外貨収入がある(スエズ運河通行料や海外在住エジプト人からの送金など)ので、さすがに3ヶ月では破綻しないとは思うのですが・・・。実際、今年の1月から2月までの1ヶ月間に減少した外貨高は1億ドルだけ(?)です。

とはいえ、現状を打開するためのほぼ唯一の策は、IMFから融資を受けることです。

ムバラク時代だったらサウジアラビアがいくらでも融資してくれそうですが、今のムルシー政権とサウジは仲が悪いので、こちらは全く期待できそうにありません。革命前までは潤沢にあった外国からの観光収入も、落ち込んだままです。

IMFは48億ドル融資実行と引き換えに、エジプト政府に緊縮案の実施を条件付けているものの、この立案と実施が困難とされているため、いまだに融資の実行には至っていません。

というものの、

1)緊縮策は補助金政策の見直しや増税案を含むとみられ、国民の不満を爆発させる危険がある
2)野党勢力が政府に全く非協力的で、緊縮策や財政再建策への政治的合意の成立が困難

だからです。

先日、ケリー米国務長官がエジプトを訪問した際に、2.5億ドルの融資を約束しましたが、これっぽっちでは全然足りません。しかも、全然交渉が進まないエジプトを心配したIMFが「緊急融資」をしようか?と提言したにもかかわらず、エジプト政府はきっぱりとこれを拒否・・・。

IMFとの合意に必要な「痛みを伴う改革」の実行のためには、何よりもまず政治的合意が必要なわけですが、4月に予定されていた議会選挙は裁判所の介入で先送りされ、いつ実施されるかもわからず、しかも主たる野党勢力はそもそも「議会選挙はボイコットする!!」と早々宣言する始末。野党勢力は、「そもそもIMF融資と引き換えにエジプトがやらなきゃいけない改革って何なわけ?それ、まずはっきりさせてよ」と政府に迫っているのですが、それは確かに一理あります。

ムルシー政権は、形式的にはどんな法案も改革も成立させることはできます。でもこんな状態でムルシー政権が改革を断行すれば、今まで激安価格で買えていたパンやガソリンの価格が高騰し、国民が怒り狂うことは必至なわけで、それに野党勢力が便乗して「革命だ!!」とか騒ぎだすのも容易に予想されます。

かといって、IMF融資がないと、エジプトは近い将来破産しますし、それ以前に、エアコンが使えなくてエアコン暴動が起こりそうな気もします。酷暑の7月にはラマダンが始まり、エジプト国民の殆どが水すら飲めない(飲まない)状態で日中を過ごさねばならない中、1日6時間(私の勝手な推計)も停電するとしたら、どれだけ大変か・・・想像するだに恐ろしいです。

このところエジプトがヤバい・・・というネタばかり書いている気がするのですが、本当にあらゆる側面においてヤバいのです。

・悪化する治安
・不安定な政情
・財政破綻寸前
・深刻な大気汚染 etc...

出口なし・・・

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エジプトの大気汚染と健康被害

日本でもPM2.5やら黄砂やらによる、健康被害を引き起こす大気汚染が問題になっていますが、カイロ@エジプトの大気汚染もかなり深刻です。

USAIDなどの調査(例えばこちら)によると、エジプトの大気汚染物質は主に以下のものに起因しているそうです。

・二酸化硫黄
・二酸化窒素
・鉛
・PM10やPM2.5などの浮遊粒子状物質(浮遊粉塵)

そして一番最後の浮遊粒子状物質なるものが、最大の要因だそうです。

やっぱりあるんじゃん、PM2.5・・・。PM2.5の値は、ふつうに「環境基準値を超えている」のだそうです。

そしてこれらのおもな発生源は、

・工業施設からでる排気(排気ガス対策をしていない工場多数)
・車の排気ガス(ディーゼルエンジンの車もまだ多い)
・農業廃棄物(稲わらなど)の焼却(稲わらを燃やす場所がないので野焼きにしている)
・道ばたでのゴミの焼却(みんな道で生活ゴミを燃やしている)

だそうで、いちいち思い当たる節があります・・・。

こうした大気汚染が特にひどくなるのが、野焼きがさかんに行われる10月と、コプト暦でアムシールと呼ばれる2月から3月にかけての砂嵐の時期です。

今年のアムシールは、2歳の娘も私も散々な目にあいました。

娘は2月半ばにまず風邪を引き、風邪がなおってからも咳が続いていました。咳をしてはいても、元気で食欲もあったのですが、さすがあまりに咳が長引いているので、行きつけの小児科医に行ったところ、「砂埃によってアレルギーが引き起こされ、咳が続いている」とのこと。対策は、「砂埃のあるところに行かない」とのことでしたが、カイロにそんなところありませんっ!!家の中ですら、砂砂してるのに・・・。

処方されたのはこちらの薬。

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左のEucapholというのは、座薬なのですが、自然の成分(?)でつくられている「安心な薬」(医者談)だそうで、ヴィックスと同じ効果がある、とのこと。確かに、座薬自体からヴィックスのようなスースーしたにおいがします。こちらを朝晩と一日二回。

右のZyrtecは、有名なアレルギー薬ですが、こちらは寝る前に5ミリ。即効性があり、しかもかなり眠くなるらしく、これを飲むとすぐに「寝る」と言い出します。

これらを使うようになるとすぐ、娘の状態は改善しました。ということはやはり、砂埃アレルギーだった、ということのようです。

私はというと、娘から風邪をうつされ、その後どんどん悪化。咳がひどくなり、ついでに耳も痛くなって、耳が塞がったような、常に飛行機に乗って離陸体制に入っているときのような状態に。声は出なくなるし、黄緑色の不気味なタンはどんどん出てくるし、頭痛がひどくて頭がもうろうとしてくるし、もうこれは尋常ではないという体調でした。

しかしこのときちょうど事件が発生してものすごく多忙になってしまい、無理をして仕事をした結果、更に体調は悪化。事件が落ち着いて医者に行った時には、「気管支炎と副鼻腔炎を併発しています」とのこと。

がーーーーーーーーん・・・。

私が処方されたのはこちらの薬。

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Clarinaseはアレルギーの薬、Mucosolvanはタンの薬、Rhinocort Aquaは点鼻薬です。

これに加えて、こちらが咳止め。

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副鼻腔炎というものには初めてかかりましたが、かなり手強い病気です。何が大変かって、ものすごく長引くところです。私はもう1ヶ月以上たちますが、まだ治りません。鼻の付け根の奥の方に膿みがたまっているらしく、そこが痛いのはいうまでもなく、それが頭痛や咳や耳の塞がりを引き起こし、かなりつらい状況が続きます・・・というか、今でも続いています。

娘の症状も私の症状も、主たる原因はカイロの大気汚染です。

恐るべし、カイロ・・・。北京とか大変だねーなんて、言っている場合ではありません。

もうアムシールは過ぎ、日中は真夏のような暑さになってきていますが、窓を開けることは差し控え、エアコンをゆるく入れて、空気清浄機をガンガンに稼働させる日々が続いています。

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エジプトの治安の現状

カイロ@エジプトに赴任して以来、何かカイロで事件が起こって日本で報道されるたびに、家族や友人が私たちの状況を心配して連絡をくれるようになりました。カイロ発のニュースは、「デモ隊と警官隊の衝突で○人死亡」とか、「暴動の発生で○人死亡」とか、とにかく物騒で人が亡くなる事件が多いので、こんなに頻繁に物騒なことが起こる場所に住んでいて大丈夫なのか?!と思われるのも、当然のことだと認識しています。

これまでは、カイロの治安状況について聞かれると、「暴力沙汰は市内の限定された場所で起こるだけなので、そういう場所にさえ近寄らなければ日常生活に支障はない」、と説明して来たのですが、このところ少し状況が変わって来ました。

結論からいえば、明らかにカイロの治安状況は悪化しています。

私の住んでいるザマレクという地区は、大使館が多く外国人も多数居住しているところで、おそらくカイロ市内で最も治安のよい地区です。にもかかわらず、このところこのザマレクですら、物騒事件が頻発しています。

まずは2月末。7月26日通りに位置するとあるカフェに、「我々はポートサイードを支持する」という主旨の幕がはられたことに怒り狂ったアハリー(ザマレクに本拠地のあるサッカーのクラブチーム)のファンたちالتراس اهلاويが、当該カフェを襲撃、その周辺の店もついでに襲撃し、発砲する、という事件が発生しました。これは、1年前にポートサイードで発生した、サッカー場での大暴動事件(70人以上死亡)に関係するものです。この時、周辺の店は全てシャッターを下ろし、たまたま外国からカイロに来ていた知り合いがこれに巻き込まれ、状況が理解できずに困って私に電話をしてきました。この知り合いは、別の店の中にいて無事でしたが、一歩間違ったら騒動に巻き込まれていたかもしれません。

そして次は3月9日。この日は上記事件の被告に対して判決が下された日なのですが、その判決に抗議する人々(アハリーのファンといわれている)がザマレクにあるサッカー協会本部と警察クラブに放火しました。自宅からも、煙が上がる様子が確認できました。

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消火用の水を積んだヘリコプターが飛んで来て・・・

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上空から水をかけました。

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当日は、完全に火がおさまるまで、ずーーーーーーっとこの消火ヘリが何往復もしていました。

更に、エジプトでは3月7日、警察官が「内務省の同胞団化」などに抗議して、全国規模のストライキに突入。もともとエジプトにはものすごい多数の警官がいて、彼らの重要任務のひとつは、とにかくあちこちの道に立って信号機のかわりに交通整理をし、道の治安を守る、というものなのですが、この人たちが一斉にいなくなってしまったのです。とはいっても例外はあって、ザマレクには一応いつものおまわりさんたちがいましたし、カイロの中枢部にも一応おまわりさんがいたのですが、この治安の空白地帯にあちこちで自称「自警団」が出没し、かえって治安が乱れてきました。

イスラム系の政党なんかは「イスラム自警団を作ればいい」とかいって、実際にイスラム自警団が出没した街もありました。カイロではごろつき系の若者が自警団を結成して、道路を勝手に封鎖し、通行したければ通行税を払えとかいって人々を脅す、という本末転倒した状況も生まれていました。

この警察ストライキは一応12日に終了したのですが、彼らの要求が実現されたわけではないので、いつまたこうした事態に陥るかもわかりません。

警察の同胞団(ムルシー大統領)に対する怒りがやっかいなのは、彼らは「自分たちが治安維持活動を行わないことで国が混乱すれば、それが全部ムルシーのせいになるだろう」と思い込んでいるところで、だからストライキをやってみたり、無頼の輩をわざと取り締まらずに放置しているという点です。ダウンタウンのセミラミス・ホテル付近で定期的にチンピラ(ストリートチルドレン)が大暴れしているのも、警察は知っていて見逃しているということを、カイロ市民はみんな知っています。

また先日、ザマレクに至る橋の上で渋滞に巻き込まれた際、数台前にいる隣同士の二台の車に乗った人たちが窓を開けて喧嘩を始めたのですが、ここまではこれまでもよく見られる光景だったものの、左の車に乗っている人が急に拳銃を取り出して右の車に乗っている人に銃口を向け、ものすごくびっくりしました。

エジプト人はとにかくよく喧嘩するのですが、たいがいは罵倒しあったり、殴り合ったりする程度ですむものの、こんな風に一方が拳銃を持っていた日にはたまりません。

恐ろしい・・・。

革命で有名になったタハリール広場でも相変わらず座り込みは続いており、たまに人が死亡する騒動が発生します。

サッカーファンを名乗る暴徒たち、自警団を名乗るならず者たち、銃を持つキレやすい一般市民たち・・・。うーん。エジプト・・・。

治安問題は命に関わることなので、心からどうにかしてくれ!と叫びたい気分です。とはいえ、私が警察改革を行えるわけではないので、せいぜい自衛策をうって、自分と子どもの安全確保につとめています。

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ムスリム同胞団長襲撃事件@シティースターズ

一昨日、同胞団のムルシド(団長とか導師の意)المرشد العام لجماعة الإخوان المسلمينであるムハンマド・バディーウ محمد بديعが、エジプト随一のショッピングモールであるシティースターズCity Starsで襲撃されました。

襲撃された、といっても、殴りかかられただけで大事には至っていないのですが、私としてはこの「襲撃された」ことよりも、「シティースターズにいた」ことの方がよっぽどニュースなような気がしてしまいます・・・。

同胞団の公式発表によると、ムルシドはシティースターズにある「とあるレストラン」で家族と共に食事をしていたところ、ある若者に「政治的議論」を挑まれ、ムルシドが議論を打ち切ろうとしたところ、若者が襲いかかってきたが、レストラン従業員が中に入って彼を止めたため、大事には至らなかった、とのこと。

このカリームという名の若者自身がトーク番組「午後10時」に電話出演して、状況を説明しています。



彼によると、月曜日の18時半ころ、シティースターズのチリーズChili’sにムルシドがいるのをみつけて、「ちょっとあんた、ここ、アメリカのレストランだけど?」と言うとムルシドが、「ここがアメリカのレストランだとして、何が問題なんだ?」とこたえ、そこから口論が始まったそうです。カリームは「あんたは同胞団政権の長期化をはかろうとしているのに、こんなアメリカのレストランなんかにいていいのか?!」とかなんとかくってかかり、ムルシドは「神は私に、そんな質問に答える必要はないとお認め下さった」と答えたそうです。

カリーム自身はムルシドに殴り掛かったことは否定していますが、「お前をまたムショ送りにしてやる!」などとも言ったそうで、ムルシドはそんな彼に見下すような視線を投げかけたとか。

「午後10時」の出演者は彼に対して、「カリーム君、君こそ真の男だ!!」とか言って賞賛していましたが、どうなんでしょう・・・?

私も、もしシティースターズやチリーズでムハンマド・バディーウを見つけたら、そりゃあ見入っちゃうでしょうし、写真撮ったりするかもしれませんが、イフワーンの団長だからといって、シティースターズとかチリーズに行っちゃいけないとは別に思いません。

カリームは、ムルシドは偉ぶって一般人とはまともに口をきこうとすらしない、みたいに言いたそうでしたが、カリームの投げかけた言葉はかなり失礼で、ムルシドが「こんなアホと話しても意味ない」と思ったとしても(おそらくそうなのでしょうが・・・)、無理はないと思います。

このところ、周囲の人の話を聞くだけでも、同胞団に対する怒りや憤りを感じている人が多いことがよくわかりますし、それらの人々の中には議会選や大統領選で同胞団に投票したことを後悔している人が少なくないこともわかります。日本だって民主党に投票した人が「こんなはずじゃなかった・・・」みたいになることは普通にあるわけで、それ自体はいたって普通の現象だと思うのですが、エジプトの場合はその怒りの矛先というか、憤りの表現方法というか、そういったものが何か間違っている気がしてなりません。

カリームさんしかり、性懲りもなく繰り返されるデモしかり、先日裁判所が下した「議会選挙実施決定の無効化」という判断しかり、反体制派の議会選挙ボイコット宣言しかり。

本当にエジプトは、どこに向かって行くんでしょうか・・・。

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娘の初めての入試とエジプト幼稚園事情

昨日、2歳の娘が生まれて初めての入試を受けました。

入試というか、英語で言うとAssessmentというものです。9月から通う幼稚園で受けてきました。

娘は1歳過ぎでカイロに来てから、ザマレクZamalekにあるNurseryに通っていました。ここのよいところは、

・家から近く、徒歩圏内
・8時から17時までの間、いつ行っていつ帰ってもよい
・いろいろな国、年齢の子と一緒に遊べる

といろいろあります。おかげで娘は天真爛漫に育ち、英語もアラビア語も話せるようになりましたし、私は日中、仕事ができました。私としては、ずっとここでもいいなーなんて、適当に考えていたのですが、娘の同年齢の友達が皆、9月から別の幼稚園に新たに入園する予定だと聞いて、再考を迫られました。なぜなら、

・同年齢の友達が皆いなくなると、娘はかなり寂しくなるはず
・3歳半からエジプトではKG1(Kindergarden1、つまり幼稚園年中)というクラスに入ることができるので、この9月が入園の好機

だからです。そこで、いろいろと幼稚園を探したのですが、私たちの条件としては、

・家からなるべく近いところに立地
・小学校が附属している
・いろいろな国の子が在籍している(つまりinternational)

というのがあって、それに該当する幼稚園はたったのひとつしか見つかりませんでした。なぜなら、カイロのインターナショナルの学校は

・マアーディー
・6オクトーバー
・タガンムウ・ハーミス
・アッターメイヤ(カッターメイヤ)
・スマートビレッジ

といった地区に集中しており、それらはいずれも私たちの住んでいるザマレクからはかなり遠いからです。なぜ私が家から近い場所を望むかというと、エジプトでは今でも暴動や騒乱やデモが起こることが多く、道が閉鎖されたり封鎖されたりすることもあり、有事の際に素早く娘を連れ戻せに行かれる環境が最重要条件だと考えているからです。

ザマレクにもインターを名乗る学校はたくさんあるのですが、調べてみると内情は「生徒も先生も全員エジプト人」というところばかりで、さすがにそこに娘を入れるのはちょっと・・・という感じでした。

とにかく条件にあう幼稚園がひとつしかないので、そこに話を聞きに行ってきました。この幼稚園はモハンデシーンMohandeseenという地区にあり、うちからは道がすいていれば車で15分程度、混んでいても30〜40分程度で到着するところに立地しています。

ここの園長先生は外国人(エジプト人以外)のおじいさんで、娘の誕生日と年齢を聞くと、

「それじゃあ、Nurseryに入ることになるね」

とのこと。

え〜〜〜〜〜〜〜っ?!なんで????

と思って聞くと、

「エジプトの法律では、9月1日時点で満3歳6ヶ月になっている子でないとKG1に入れないことになっているから」

とのこと。娘は4月生まれなので、9月1日時点では確かに3歳4ヶ月にしかなっていません。

でも私は、娘をKG1に入れたくて幼稚園を探していたので、ここでまた新しくNurseryに入る意義は全然ありせん。私がそう言うと、園長先生はのらりくらりと、「まあまあ、そう言わずに、ちょっとクラスを見学してみて」というので、NurseryのクラスとKG1のクラスを見学してみました。私の印象は、

Nursery→子どもが5人しかいなくて寂しいし、ちょっとどよーんとしていて、和気あいあいとした雰囲気が全然ないっ!!
KG1→子どもが20人弱いて、にぎやかで楽しそう!!

というものでした。園長に聞くと、Nurseryは常に空きがあるけど、KG1はすぐに満席になる、とのこと。つまり園長は、エジプトの法律云々というのもあるけれど、Nurseryに該当する年齢の子は基本的にNurseryに入ってほしい、というのがあるようです。

でも私は「いや、うちの娘はKG1に入れたいんです!すごくアクティブで積極的な子なので、たくさんの子とにぎやかに遊べる環境を望んでいます!」と食い下がりました。

すると園長。「でも3歳4ヶ月だと、KG1で一番年下になるから、他の子についていけるかどうか云々・・・」とかいいつつも、「それじゃあ一応、KG1のAssessmentを受けてみましょう」とのこと。

それでAssessment当日。KG1を担当するイギリス人の先生が、娘を評価することになりました。娘はもちろん、これが「入試」だとは認識しておらず、単に初めてのお姉さんと一緒に遊ぶんだ、といった感じでした。

娘を先生に託して30分・・・。

先生に連れられた娘が、待合室にいた私たちのところにもどってきました。何をしたのかと娘に聞くと、絵を描いたり、クマさんと遊んでいた、とのこと。

結果は午後、電話で知らせると言われて帰宅。

午後、夫の携帯に電話がきて、「娘さんはKG1に受け入れ可能です」と言われました。

はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜、ほっとした・・・。

入試っていっても、別にお受験勉強とか一切していないし、何ひとつ下準備をしていたわけでもないのですが、それでも、もしKG1がダメって言われたら、いったいどこの幼稚園に行けばいいんだろう・・・ってか、みんなむちゃくちゃ遠いし・・・と悩んでいたので、気が晴れました。

これでもし、長期間受験勉強をして、本格的な入試を受けて、数日間合否結果を待って・・・なんてことになったら、本当に神経がすり減りそうです。まあ、いつかそういう日は来るのでしょうが・・・。

これで娘は、

2013年9月 3歳4ヶ月でKG1
2014年9月 4歳4ヶ月でKG2
2015年9月 5歳4ヶ月で小学校1年生

と進学することになりました。私たちが日本に帰国するのは2015年8月か2016年8月なので、

2015年8月帰国の場合→娘はKG2(幼稚園年長)を終えた状態で帰国し、日本で秋から幼稚園年中組に入る
2016年8月帰国の場合→娘は小学校1年生を終えた状態で帰国し、日本で秋から幼稚園年長組に入る

ことになります。

子連れの海外赴任では、子どもの進学が一大課題となりますが、うちの場合はまだ娘が小さいので、恵まれていると言えるかもしれません。

初めての入試に晴れて合格した娘は、早くも「新しい学校行きたい!!」とはりきっています。9月から、新しい環境でどうなることか・・・不安もありますが、楽しみです。

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ギザ動物園

2歳の娘がずっと「Zooに行きたい!!」と言い続けていたため、ようやくできた休日を使ってギザ動物園に行ってきました。

娘を連れて行くのは二度目ですが、一度目のことは全く覚えていないようです(当たり前)。

ギザ動物園はフォーシーズンズ・ホテルの裏手にあり、自宅からもむちゃくちゃ近いのですが、そうそう訪れることはありません。フォーシーズンズに泊まると、大概の部屋からはこの動物園が見下ろせますし、まあ道からも中が見えるのですが、ここの特徴は次の通りです。

1)動物の種類が非常に少ない
2)ふつうのエジプト人ファミリー&カップルがたくさんいる

1)に関しては、動物が死んだりしていなくなった檻は基本的に放置したままであるため、まず何もいない檻が散見されます。そして補充する場合にはラクダ、ガゼル、ダチョウの類を補充するので、やけにあちこちにラクダやガゼルがいます。

2)に関しては、エジプト人は入場料が格安であるため、休日ともなるとエジプト人ファミリーが大挙して押し寄せ、みんな思い思いの場所にシートを広げてピクニックを楽しみます。

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私たちもお弁当を作って持って行き、エジプト人達にまぎれてランチしてきました(笑)。

みんなで写真をとって、わいわいと楽しそうにしています。

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デートをしているカップルや夫婦も多いです。

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大人(私)はついつい、自分の知っているその他多くの動物園と比較してしまい、「しょぼい・・・」と思ってしまいがちですが、子ども(うちの娘)にとっては十分に(最高に?)楽しい場所なようです。

特に、いろいろな動物にエサを与えられるのが楽しいようです。

ゾウとか・・・

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ラクダとか・・・

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ペリカンとか・・・

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大概の動物の檻の前には、エサやり担当のおじさんがいて、葉っぱやら魚やらを持っているのですが、ちょっとチップをあげるとエサやりをやらせてくれるのです。

ペリカンとかアシカが食べていたのは、小さいブルティー(ティラピア)でした。

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よくゴミを食べている白鷺(?)が大量に巣を作り、集合住宅のような風情です。

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ギザ動物園に行くには、今くらいの時期が丁度よいかもしれません。前回はもっと暑い時期にいったので、ヘトヘトになった記憶があります。

動物園の後は、フォーシーズンズでお茶。

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ケーキとか食べて、つかの間の休息。

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動物園で疲れて寝たはずの娘が、思いのほかすぐさま目覚めたので、文字通りつかの間の休息となってしまいました・・・。

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エジプトの本当の失業率

エジプトの失業率は、公式発表によると13%ということになっています。

これはエジプトの中央動員統計局というところが2013年2月発表した、2012年最後の4半期の数値。それによると、2012年初旬段階で失業状態にあり求職している人の数は320万人。革命前の2010年には120万人だったので、51%増加している、とのこと。

でも、この数値。エジプトで暮らしていると、まず感覚的に「嘘でしょー」というのが正直なところ。

昨日のワタン紙الوطنに、この数値のからくりについての記事が掲載されていたので、備忘録的にここに記しておきます。

それによると・・・

▼公式の失業率は13%だが、実際は25%(専門家筋の共通認識)
▼エジプトの労働者の50%は、日雇い業務についている(月給をもらい、保険・年金つきで働いているのではなく、工事現場や種々の技師などとして日々請け負う仕事の対価をもらって生活している)
▼元財務大臣サミール・ラドワーン氏の話
 ・政府の発表する失業率の数値は疑わく、信頼性に乏しい
 ・何をもとに、どのように失業率を算出しているか、というオリジナルの証拠が発表されていない
 ・公式失業率では、公的部門で働いている人(つまり公務員)のみがカウントされており、非公式部門で働いている人は勘案されていない
 ・非公式部門で働いているエジプト人(つまり公務員ではないけれど仕事をしている人)は、全体の3分の1いる
 ・毎年新たに学校を卒業している新社会人たちが、失業率の計算にカウントされているのかどうかも不明
 ・全失業者のうちの74%は、30歳以下の若者が占めており、この若者の失業問題はエジプトの抱える時限爆弾である
▼経済研究センター長サラーフ・ガウダ氏の話
 ・エジプトでは2011年と2012年の二年間で、85%の工場が閉鎖に追い込まれた
 ・2011年には3600、2012年には3602の工場が閉鎖され、それらの工場で働いていた人々は皆失業した

状況はかなり深刻です。

この記事には言及されていませんが、例えば観光業界についても、ルクソールのホテル稼働率が10%だったり、カイロ市内のホテルはいつ行ってもがら空き、ピラミッドもがらがら、ハーンハリーリもがらがら・・・というのを見るだにつけて、観光業に関わるかなり多数の人が実質的な失業状態にあるだろうことは容易に想像できます。

お土産屋さんや観光業のオフィスを構えてはいても、お客が来なければ収入はないわけで、従ってそこで雇われている人にも給料は支払われないわけですが、そうした人は失業者としてカウントされていないのでしょう。

先日気球墜落事故がルクソールで発生した際にも、気球の操業停止が政府から命じられ、気球に関わる仕事をしている人々約1000人が失業状態に陥った、と報じられていました。彼らの多くには、2月分の給料も支払われていなかったそうです。

エジプト全体、そしてカイロだけを見ても、このところデモや暴動、大規模なケンカが多発しているのですが、人々のフラストレーションの源には、仕事がないこと、お金がないこと、それに加えてインフレで物価がどんどん上昇していることなどがあるのは、疑いないでしょう。

やはり責任が問われるのは、政府でありその経済政策なんでしょうが、エジプトの場合はまず政治的安定と治安の回復が急務で、でもそれすら遠い道のりだと思われます・・・。

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子連れでイスタンブール:ショッピング編

子連れでイスタンブール:タクシム広場周辺編に続いて、ショッピング編です。

オシャレもの皆無地帯であるエジプトに住んでい私にとっては、海外旅行といえばショッピングが何よりの楽しみです。2歳児連れということで、イスタンブールでは何かと便利なショッピングモールに行ってきました。

私が行ったのは、Kanyon(カニヨン)というモールと、GEVAHIR(ジェバヒル)というモールの二カ所。なぜこの二カ所かというと、両方とも地下鉄駅に直結している、と聞いたからです。

まずはカニヨンへ。

タクシム広場から、地下鉄に乗ります。まず、ホーム行きのエレベーターがあるのがすごい!

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とりあえず、ここだけはベビーカーでも楽勝です。

そしてエレベーターから降りてすぐの改札でチケットを購入しようとしたのですが、チケットの代金がわからずに、Levent駅までいくらなんですか?とそこらのおじさんに聞いたところ、「いくらか、っていうか、この地下鉄はLeventへは行かないよ」と言われてびっくり。

なるほど〜。タクシム駅には、複数の地下鉄が乗り入れているのね・・・。ちなみに私は、ガイドブックを持っていない状態で街をふらついているので、予備知識等はゼロです。

Leventへ行くらしき地下鉄の入口は、離れた所にあるようで、歩く歩道にのっかります。

お〜、なんか近代的だ・・・。

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エジプトと違うな、全然。

地下鉄車内も、こんな感じ。

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エジプトみたいに、地下鉄専門の押し売り業者(笑)とかいませんし、女性もヒジャーブかぶっているひとがほぼ皆無・・・。

Levent駅につくと、Kanyonはこっち、という看板が出ているので、その方向に進むと、すぐに入口があります。

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おしゃれな感じです。ここにはなんと・・・

じゃーん!

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ハーヴィーニックスがあります!!

・・・って、期待していたほどたいしたことはなく、なによりも取り揃えられているサイズがかなり大きくて、私には無理だ・・・というものが多かったです。

上のほうから見下ろすと、こんな感じ。

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一番上の階には、カフェやレストランがずらーっとあって、みんな昼間からタバコをがんがんふかしながら、ワインやビールを飲んでいました・・・。

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エジプトから来た人間としては、かなりカルチャーショック・・・。

私は結局、ItsImagicalというスペインのおもちゃ屋さんで娘のおもちゃを大量購入し、自分にはYARGICIというトルコブランドで洋服を購入。上品系でそこそこよいですが、値段は日本並みです。全く安くありません。

カニヨンでは、外でお茶している人も多かったのですが、こんなふうに天井にはヒーターが設置され、椅子にもひざかけが用意されていたりして、寒い日も快適に外カフェできるようになっています。

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私もここで、娘とアイスを食べました。ハーゲンダッツのアイス、小さい1スクープで8リラ也。450円くらい?!超高!!!

まあ、いいや。旅行中だし。

別の日には、今度はジェバヒルにいきました。アラビア語のジャウハルと一緒だよな〜とか思いながら、また地下鉄へ。今度はSisli駅を目指します。でも駅についたはよいけれど、カニヨンと違ってジェバヒルはこっち、みたいな標識が全然なかったので、適当に駅構内から地上へ出たら、妙なところに・・・。

人に聞いたら、割と近かったので、歩いてジェバヒルへ。

雨なのに開店待ちをしている人、結構多数。

ここはかなりの大型ショッピングモールで、私はここのKOTONやC&Aで、娘の服を大量購入しました。ここには、ホームセンターやスーパーマーケットも入っています。全体として品揃えは、そんなにたいしたことはありませんが、エジプトきってのショッピングモールであるCity Starsに比べればよっぽど・・・いや、全然ましです。

ショッピング以外では、まあ、2歳児連れなので食事もたいしたものは食べていないのですが、トルコピザのピデを食べたり・・・

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激甘のバクラワを食べたり・・・

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お菓子の有名店MADOでお茶したり・・・

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日本でも一時期有名になったトルコアイス、ドンドルマを食べたり・・・

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お約束のコフタを食べたり・・・

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とまあ、こんな感じです。時々、トルコ料理を絶賛する人がいますが、私は正直「・・・」という感じです。また、ちょっと食事をするだけでも、結構な値段です。日本価格と思えばよいのでしょうが、エジプト価格に慣れている私は支払いの度に「高!!」とひとりごちてしまいました・・・。

ああ、もう終わっている・・・。脳内が完全にエジプトモードになっている・・・。

とまあ、こんな感じのイスタンブール旅行でした。

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子連れでイスタンブール:タクシム広場周辺編

意外とダメなイスタンブールに続けて、子連れイスタンブールの小旅行をご紹介します。

何しろ私と2歳児二人きりなので、動きは極限まで制限されますが、それでもまあ、そこそこに楽しむことができるのがイスタンブール。

何はともあれ、タクシム広場へ。

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ホテルはここのすぐそばにとりました。

タクシム広場には鳩がいっぱいいて、鳩のエサ売りおばさんやらおじさんやらがぞろぞろいます。生き物大好きな娘は、迷うことなくおばさんからエサを受け取り、当たり前のように購入@1トルコリラ(53円)。

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私はイスタンブール滞在中、毎日ここでエサを購入していました・・・。この写真は、エサ売りおばさんが「撮ってあげるよ〜」と撮ってくれたもの。あっ、ありがとうございます・・・。

タクシム広場周辺は、現在再開発真っ最中。地下を車が通れるようにするらしく、大規模工事をしています。壁の中をのぞいてみると、こんな感じ。

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掘ってる、掘ってる。

タクシム広場といえば、シャワルマ・・・ではなく、ドネルケバブ。やたらに店がずらーっと並んでいるのですが、一番混んでいる店が一番安いようで、それでも5トルコリラ(270円)。タクシムから離れると、もっと値段は安かったです。

エジプトのシャワルマは、どこで食べてもなんかマズいのですが、トルコで食べるシャワルマ・・・ではなく、ドネルケバブは、どこで食べてもエジプトよりはおいしかったです。

タクシム広場からのびる、イスティクラール通りを散歩します。

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路面電車が通っている以外は、歩行者天国なので、子連れでも歩きやすいです。道は、わりにがたがたしてはいますが、カイロよりはずっとましです(比較対象がカイロですみません・・・)。

休日になると、結構デモをしています。

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冬の風物なのか、焼き栗屋さんがやたらにあります。

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私の大の苦手な、ターキッシュデライト。いろんな種類がむっちゃいっぱい売っています。

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おおっ!ものすごい太さのコナーファが・・・(トルコでは何と言う名前なのか知りません)

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ちょっと横道に入ると、魚屋さんがいっぱいあったりもします。
これはアンコウ?

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まあ、イスティクラール通りは、子連れでぷらぷらしてるだけでも、そこそこ楽しめます。ショッピングエリアでもあるのですが、KOTONなどのトルコブランドにせよ、TOP SHOPなどの欧米系ファストファッションにせよ、イスティクラール通りにある店の品揃えはかなりいまいちでした。お買い物だったら、ショッピングモールの方をおすすめします。

イスティクラール通りをどんどん進むと、たぶんイスティクラール通りは終わって、なんか小さい道に入ります。ずっと行くとガラタ橋に出ると聞いたので、地図も持たず、ベビーカーをおして、どんどん進んで行きました。

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すると・・・ものすごい下り坂!!でも途中まで来たからには引き返すこともできず・・・っていうか、ベビーカー押して上り坂とか全然無理だし(汗)ということで、とにかく転倒しないように気をつけながら、どんどん下ります。

本当に、かなりかなり、下ります。ベビーカーでは、ここを下るのはおすすめできません・・・。とても雰囲気のある古くてよい道なのですが、私は全然楽しめず。っていうか、どこまで下りたらガラタ橋に出るんだ?!と、怒りにも似た気持ちを抱きながら、とにかくぐんぐん下りました。

ついに出た・・・。

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嬉しいっていうか、はぁ・・・という感じ。しかも、ここからタクシーにのってタクシムに帰ろうと思ったら、タクシーが軒並み乗車拒否!!何だこの街?!

しょうがないので、道路標識に従ってタクシム広場方向へとどんどん歩きます。

ガラタの隣の橋まで来てしまいました・・・。

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ここからひたすら、ひたすらにのぼって行きます。

ベビーカーを押しながらのこの上りは、かなりきつく、疲労困憊しました・・・。

っていうか私、何してんだ?!

まあとにかく、この散歩コースは子連れにはおすすめできません・・・。

気を取り直して・・・

食事に関しては、イスタンブールは、とにかく昼間からどこでも酒がふつーに飲めることにびっくり。

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2歳の娘は、とにかくしょっちゅうお腹がすくので、その度にイタリアンの店に入って彼女はパスタやマカロニを食べ、私はビールを飲み・・・という感じ。でも、ビールと水とパスタとちょっとおつまみとか頼むと、すぐに60リラ(3000円強)くらいするので、物価高!!!!と感じてしまいました(エジプト在住だからだと思います・・・)。

エジプト在住者の悲しい性として、ついつい和食屋にも行ってしまいます。

こちら、タクシム広場そばの優曇也という店。

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在トルコ日本人だけではなく、外人(?)が結構多いのに驚かされました。

こちら、メニューの一部。

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結構高っ!!
刺身定食76リラって、4000円くらいだし・・・。

それでも刺身定食を頼んでみたところ、こんな感じ。

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別に、一品一品がおいしいわけでは全然なく、刺身もそれぞれはイマイチなのですが、エジ在住者はこういう「日本の田舎の観光地の食堂で出てきそうな定食」がどーんと出てくる!という事実に、喜んでしまうのです・・・。

次回、子連れでイスタンブール:ショッピング編

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意外とダメなイスタンブール

先日、ちらっとイスタンブール@トルコに行ってきました。

私自身、トルコに行くのは20年ぶり、しかも今回は2歳の娘と(ほぼ)二人旅です。

トルコといえばここ10年ほどでものすごい経済成長を遂げ、海外旅行先としても大人気の国。ただ私は、トルコの観光地は一通り行ったことがあるし、研究上でも別にまた行きたいという積極的な理由もないし・・・というわけで、20年も足をむけていませんでした。

その私の個人的感想。それは、

「イスタンブールは意外とダメな街だ」

というものです。トルコやイスタンブール贔屓の方にケンカを売るつもりは一切ありませんが、私はこう感じてしまいました。何がダメかについて、私見を記しておきます。

1)交通網がダメ

まず、道がものすごく渋滞しています。ガソリンが日本以上に高いので、自家用車を持つのはなかなか大変なはずなのですが、それでもかなり慢性的に渋滞しており、どこかに車でたどり着くのはかなりの時間を要します。

そして、タクシーの乗車拒否が非常に多いです。流しているタクシーをつかまえるのも困難なのですが、つかまえたらつかまえたで、行き先をつげると、「そこは行きたくない」、「そこはすぐ近くだから嫌だ」、「オレはもうすぐ交代だから嫌だ」云々・・・。私は2歳の子連れなのに、そんなことはおかまいなし、です。なので、どこかに行ったとして、「タクシーで帰ればいいや」と軽く考えていると、とんでもない目にあいます。この乗車拒否の多さは、出張でよくイスタンブールに行く主人も同じことを言っていたので、おそらく慢性的な問題なのだと思います。

更にタクシーは、ぼったくりタクシーもかなり多いそうです。メーター制なのですが、メーターに手を加えて、とんでもないあがり方をするようにしているタクシーがいたり、訳の分からないルートを通って料金を稼いだり。ホテルの人も「道でタクシーをひろうと、悪いタクシーがすごく多いから、タクシーを使うならこちらで呼びます」と言っていました。トルコ人自身がトルコのタクシーを信頼していない・・・ってこと?

また、地下鉄網はある程度整備されていますが、バリアフリーとはほど遠い世界です。下手に自動改札化されているために、係員がおらず、ベビーカーや車椅子はまず自動改札を通過できません。しかも、ベビーカーを持ち上げたりする作業を手伝ってくれる人も殆どいません。みんなものすごく忙しそうにしているので、子連れの外人に手をかそうなどとは、努々思わないようです。

また、地下鉄の駅構内に、どこに行くにはどの出口から出よ、という表示が全くないので、適当な出口から出ると、目的地に行くのにかなりさまようことになります。

さらにさらに、道路と歩道が結構終わっています。確かにエジプトよりはましですが、エジプトなんて遅れた国だ、と見下している国のわりにはかなりしょうもない歩道しかありません。石畳やアスファルトがはがれている場所が散見され、ベビーカーをおしていくのは至難の業です。しかもかなり雨の多い街なので、常時ぬかるみが多発していて、そこにはまると相当悲惨な目にあいます。工事をしている道も多いので、歩道が全然ない場所も結構ありますし、途中まであった歩道が急になくなってしまうこともしばしば。

2)英語がダメ

英語、全然通じません。「○○はどこですか?」とか、「○○はありますか?」といった超簡単英語も、殆ど通じません。もしかしたら、観光地に行くと、観光客相手の仕事をしている人には通じるのかもしれませんが、街中ではもう、本当に、悲しいほど通じません。そして、わからないならわからないなりに、こちらの言うことを理解しようといった姿勢の人も殆どおらず、ぷいっ、とした態度をとる人が多く、結構へこみます。

うーん・・・。

普段、エジプト人のうざいくらいのおせっかい(?)や、愛想のよさに慣れているせいか、イスタンブール人たちの他人に干渉しない態度をかなり冷ややかに感じてしまいました。たぶん、日本からイスタンブールに行っても、こんなこと感じないのだと思いますが。

私の記憶にある20年前のイスタンブールは、今のエジプトみたいな感じでした(かなり大ざっぱな比較ですが・・・)。

経済発展は、人のメンタルを変化させるのでしょう。イスタンブールは近代都市化し、イスタンブール市民もまた都市化したのだと思います。

子連れでイスタンブール:タクシム広場周辺編へ続く

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コシャリの名店アブーターレク

悲しい事件を扱うことの多い毎日なので、ブログくらいは柔らかネタで。

今日は、コシャリの名店、アブーターレクをご紹介。

コシャリというのは、エジプトの国民食というか、庶民的食べ物の代表というか、とにかくエジプト人にとって非常に身近な存在の食べ物です。

その内実は、数種のマカロニ、ひよこ豆、レンズ豆、米の上に、トマトソースをかけ、フライドオニオンをトッピングし、好みで酢とシャッタ(唐辛子のソース)をかけて、全てをぐるぐる混ぜて食べる、というもの。

エジプトにはコシャリのチェーン店がいくつも存在し、そこら中にコシャリ屋があり、電話一本でいつでもどこでもデリバリーしてくれるのですが、観光や仕事などでエジプトを訪れ、一度コシャリを食べてみたい、という方に絶対におすすめしたいのがアブーターレクです。

ラムセス通りから一本入った場所にあり、ここ以外に支店を出していないのがこの店の自慢です。そして、コシャリだけでこの「アブーターレク・ビル」を建てたことも、ここのオーナーの自慢です。

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このポーズをとっているおじさんが、創業者の通称アブー・ターレクさん。

店内には、このおやじのコシャリに対する熱い思いの書かれたポスター(?)が貼られています。

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「エジプトの食堂、その知名度は世界レベル」って・・・(笑)

この店では通常、店内で食べる場合には2階にあがります。早い時間(12時過ぎくらい)から、おねえちゃんやらおじさんやら、結構混み合っています。

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天井のシャンデリア(?)と葉っぱ(?)が気になります(笑)

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ちなみに、エジプト人はふつう、ランチを3時とか4時とかに食べるので、その前後になると店に人が押し寄せて、こんな風に優雅(?)にゆっくり店内でコシャリを味わうなんてことはできません。

ここはコシャリしかないコシャリ屋なので、基本的にメニューはありません。おじさんが注文をとりにきたら、「ふつうコシャリ」か「スペシャルコシャリ」を頼みます。

スペシャルを頼むと、こんなのが来ます。
これがコシャリのベース(?)となるマカロニ、レンズ豆、米。

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これに、下のホンムス(ひよこ豆)とフライドオニオンをのせ、トマトソースをかけます。

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更に、酢とシャッタをかけ、ぐるぐるかきまぜて食べます。

酢をかける、というと、大概のお客さんは「?」という感じになるのですが、これはもう、絶対に酢をかけたほうがおいしいです。また、シャッタは店によって辛さがいろいろなのですが、ここのは薄めでそんなに辛くないので、ちょっとずつ入れて、好きな辛さに調整するとよいと思います。

コシャリはうまいのか・・・?と問われたら、私個人としては「ん〜〜〜〜〜〜」という感じですが、男性や、ジャンク好きの人はおいしいという場合が多いです。

それでも、アブーターレクのコシャリを店で頼むと、

1)あたたかいまま食べられる
2)マカロニや豆が他の店よりも固めにゆでられている
3)妙な脂っぽさがなく、わりにさっぱりしている

ため、他の店やデリバリーで食べるコシャリよりは、ずっとおいしいと思います。

なお、コシャリで酸っぱ辛くなった口をなおすためには、同店でライスプディングを召し上がることをおすすめします。エジプト語ではルッズビラバン(牛乳入り米)・・・そのまんまですが(笑)。

米を甘くして食べるのはかなり奇妙な感じがしますが、まあ、日本じゃ豆を甘くして食べますし、コシャリ後のルッズビラバンは、確かにわりとおいしく感じられます。

というわけで、一度コシャリを食べてみたいという方は、カイロへお越しの際には是非、当店・・・ではなく、アブーターレクへどうぞ。

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アーティチョークの処理&料理の仕方

事件に次ぐ事件で多忙を極めているうちに、エジプトはいつの間にか春になっていました。

3月にして、既に昼間は暑い日もあります。

季節感のないエジプトではありますが、特定の季節限定で売られている食材もいくつかあります。冬限定食材の代表が、アーティチョーク。

カイロに遊びに来ていた姑が、アーティチョークの見た目に並々ならぬ関心を抱き、是非料理するのが見たい!というので、リクエストにお応えしました。日本などでは、調理済みで瓶づめなどになって売られているものが多いのかなあ、と思うのですが、こいつを最初から処理するのは、実はものすごく大変です。

もともと、緑色の松ぼっくりのような形状をしていますが、その緑色の皮をどんどんはがしていきます。

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うちの2歳児は、とにかく何でもかんでもやりたがる子で、料理にも尋常ならざる興味をもって参加したがるので、皮むきをお願いします。案外器用にむいていきます(笑)。

皮をむくと、こんな感じになります。

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そしてこの白い毛のようなものをさらにナイフでこそげとっていきます。

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そして茹でます。

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むいた緑色の部分も、やわらかそうなものを選んで、少し茹でておきます。

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耐熱皿に並べて、オリーブオイルと塩をふり、オーブンで焼きます。

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これが一番、アーティチョークの味をそのまんま味わうことのできる料理法だと思います。エジプト人はこれを、肉と一緒にクリーム煮にしたりしますし、地中海のヨーロッパ側の人たちはざくざく輪切りにしてフライにして食べたりもします。

食感はたけのこのような感じなので、くれぐれも茹ですぎないように。

また、皮をむいたり毛をこそげとる作業は、こうやって書くと簡単&らくちんそうですが、実際にはかなり面倒ですし、時間がかかりますし、しかもこいつはかなりアクが強いので、手がものすごく荒れます。。。

更に、手間のかかるわりには、食べるところ、こんだけですか。。。という小ささ。

それでもアーティチョークを生で買って料理できるのは、エジプトに住んでいるからこそ。。。のひとつなので、冬になるとたまに買って料理します。夫が元々好きなのですが、娘も大好きで、よく食べます。

でももうあったかくなってきたから、そろそろ終わりだなあ。。。

アーティチョークから解放された嬉しさやら、ちょっとした寂しさやら。。。(笑)

プロフィール

 飯山陽

Author: 飯山陽
イスラム思想研究者。専門はイスラム法。都内の大学でイスラム思想を教えていましたが、現在はエジプトのカイロ在住、メディアの仕事をしています。
イスラム国に関しては別ブログ「どこまでもイスラム国」をご覧ください。

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