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イスラム国の首切り問題

イスラム国と言えば首切り。

首切りと言えばイスラム国。

・・・と言っても過言ではない程、多くの人の中で両者は非常に深い関連性をもって結びつけられていると思います。

多くの人がこの首切りをイスラム国による恐ろしい蛮行ととらえている一方で、以前ここにも書いたように、それはイスラム的に正しい行為であると信じているムスリムも少なからず存在しています。

イスラム国側としては、もちろん、これを正統な行為として行っており、それを裏打ちするようなファトワー(法的見解)をフサイン・ブン・マフムード師という法学者が8月19日に発行しました。

これが最近になって、再度、イスラム国支持者たちの中で流布しています。

この見解の概要は、以下のようなものです。

これまでに何百万人ものムスリムがアメリカによって殺され、イスラム諸国の土地がアメリカ軍によって利用されてきた。イスラム法学者達は、敵であるアメリカ人を殺害することはイスラム的に合法であり、その財産を奪い、彼らを捕虜にした場合にはこれを殺害することも合法であるという点において合意している。そもそも全ての人類は、戦闘員である男が(イスラム的に)合法な(保護)契約なしにイスラムの地に立ち入った場合、(イスラム的には)その人間の財産も生命も奪うことが合法なのだということを知るべきである。

不信仰者の首を切ることが合法である点については、イスラム共同体の法学者たちの間で合意が成立している。ただし、その切り落とした首を別の場所に移したり、首をもって旅をすることが合法であるかどうかについては、見解の相違がある。

ユダヤ人やキリスト教徒、アラウィー派、シーア派といった不信仰者たちの首は容赦なく切り落とし、彼らの心に恐怖を植え付けねばならない。首切りは教友たちのスンナ(慣行)である。至高なる神は『コーラン』において、不信仰者の首を切るようにお命じになった。「あなたがたが不信心な者と出会った時は,彼らの首を打ち切れ。かれらの多くを殺すまで(戦い),(捕虜には)縄をしっかりかけなさい。」(『コーラン』第47章第4節)とあるではないか。

教友たちが預言者ムハンマドにとある人々の首を切ることを求めた際にも、預言者はこれを止めることはなかった。不信仰者の首を切ることは、預言者ムハンマドの時代には神の言葉に裏打ちされた、よく知られた行いであり、イスラムの歴史においてずっとそうであり続けてきた。

イスラムは宗教であり、ジハードなくしてそこに真の人生などなく、神の道において死することこそが究極の目的である。イスラムの若者たちよ、これがイスラムであると知るがよい。

神が最もよく知り賜う。


このファトワーの中ではイブン・カスィールابن كثير、クルトゥビーالقرطبي、ザマフシャリーالزمخشري、イブン・アティーヤابن عطية、マーワルディーالماوردي、イブン・アビー・シャイバابن أبي شيبة、バイハキーالبيهقي、サラフスィーالسرخسيといったスンナ派の名だたる法学者の伝えるハディースや法的見解が引用され、イスラム法的には、確かに、間違いなく、彼らからみた不信仰者の首を切り落とすことが合法であることが論証されています。

ここで(私のような)よそ者の不信仰者が、やれこんなの残酷だ、非人道的だだのと文句をつけてもしょうがないわけで、日本の刑法に死刑の規定があるのと同様に、イスラム法においては首切りの規定があり、日本に日本の価値感や道徳観があるのと同様に、イスラム法にはイスラム法の価値観や道徳観があるのです。

しかもイスラム法の規定の中にも、変更されうるものとされえないものがあるのですが、首切りのように、『コーラン』にきっちりと明言されている規定に関しては、人間がこれを変更することは決してできません。もちろん、これをどう運用するかは時代や地域によってもいろいろだったのですが、規定自体は変更できない明文規定です。

こうしたファトワーがウェブやSNSを通じて出回り、多くのムスリムがこれを読むことが、どんな意味を持つのか・・・?

もちろん、世界中の全ムスリムがこの見解に与するわけではないですが、他方『コーラン』に記された神の言葉は世界中の全ムスリムにとって絶対的真実であることも事実です・・・というか、これを否定した時点でもはやムスリムではない、というのが一般的な考え方です。

イスラム国について考える時には、彼らがとにかく、私たちが自明の善だと考えている自由や平等、民主主義、主権在民といった価値観を一切共有していない人々だ、ということをまず、認識する必要があると思います。
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プロフィール

Author: 飯山陽
イスラム思想研究者。専門はイスラム法。都内の大学でイスラム思想を教えていましたが、現在はエジプトのカイロ在住、メディアの仕事をしています。
イスラム国に関しては別ブログ「どこまでもイスラム国」をご覧ください。

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