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イスラミック・カイロ案内(1)

最近、いわゆるイスラミックカイロを散策する機会が二度あったので、見所をまとめておこうと思います。

カイロはファーティマ朝によってつくられた街なのですが、同朝がモスクと宮殿を建設したエリア一帯が街の中心地として栄えました。このエリアと、アイユーブ朝のサラーフッディーンが城塞を築いた高台のエリアをまとめて、ガイドブックなどはイスラミック・カイロと呼んでいるようです。

まあ平たくいえば、中世から近世にかけてのイスラム諸王朝時代の建築物が残っている史跡エリア、というわけです。

大概の場合は、まずアズハル・モスクを見学します。こちらは、無料で見学できますが、女性は髪を何かで覆っておく必要があります。また、靴をおじさんにあずけて見学するので、おじさんに多少のチップをあげたほうがよいです。私は、こういうところでケチるべきではないという主義なので・・・。

DSC_0013.jpg

アズハル・モスクはファーティマ朝期の971年に建設されたモスクなので、もともとイスマーイール派のモスクだったわけですが、後のスンナ派王朝もここを大切に保護、その後アズハルのマドラサはスンナ派の学問の中心地として発達しました。アズハルは1960年代からは国立の学術機関になっています。ここの総長はスンナ派の最高権威、という説明をしているのを時々見ますが、まあ、そう思っている人もいますが、別にみんながそう思っているわけではありません。

アズハル・モスクの外にでて、裏側に回ると、バドルッディーン・アルアイニーというハナフィー派の学者の名のついたマドラサがあります。

DSC_0076.jpg

アイニーは15世紀前半に、ブルジーマムルークのスルタンであるバルクークやバイバルスにつかえた学者です。先輩がアイニーの研究をしていたので、名前だけはなじみ深いです。

ここも無料で入れます。管理をしているおじさんが外でふらふらしているので、許可をもらってみせてもらうことができます。ここにはアイニーのお墓も併設されているのですが、なぜかその右隣にもう一つ墓があって、そちらは、イブン・ハジャル・アルアスカラーニーの墓だとのことです。彼はシーア派の著名な法学者で、1448年だか49年だかに亡くなっているので、確かに同時代人ではあるのですが、なんか不思議です。

その向かい側には、ザイナブ・ハートゥーンの自宅というのがあります。ここは見学するのに15ポンドかかります。1484年に建設されたそうで、中庭のあるいわゆるアラブの邸宅です。

DSC_0082.jpg

上にのぼると、アイニーとアスカラーニーの墓のクッバ(ドーム)がみえます。

DSC_0088.jpg

また、勉強しているアズハル学生の姿を見ることも出来ます。

ザイナブさんの家からアズハルにもどって、少し西に進むと、左側にグーリーの隊商宿とマドラサがあります。グーリーはブルジーマムルークの最後のほうのスルタンです。

DSC_0067.jpg

一応立派な史跡のはずなのですが、下のほうはこんなことになっちゃってます・・・。残念・・・。

DSC_0072.jpg

今度はアズハル通りをわたって、ムイッズ通りを北に進みます。左側にアシュラフ・バルスバイのマドラサがあり、右側にはバイバルスの名のついたマドラサが一部残っています。

DSC_0095.jpg

次に右側にあらわれるのが、ホスローパシャのサビール&クッターブです。

DSC_0096.jpg

サビールというのは水飲み場、クッターブというのはコーランを教える学校で、今で言うと小学校のようなものです。

その正面にあるのが、カラーウーンの廟、モスク、病院などの複合施設です。こちらが外観。

DSC_0096-2.jpg

ここは有料で、ここで100ポンド出して共通チケットというのを買うと、バルクーク・モスクやハンマームなどにも入ることが出来ます。

こちらが廟。なかなか荘厳。

DSC_0105.jpg

こちらが病院跡。この建物の左隣は現在も眼科の病院があって、歴史を感じさせます。

DSC_0115.jpg

こちらがモスク。

DSC_0117.jpg

カラーウーン・コンプレックスの隣には、バルクークのモスクとマドラサがあります。

DSC_0126.jpg

その隣には、ブルジーマムルークのスルタンであるイーナールの名のついたハンマームがあります。

その少し先に道が2つに分かれている場所があり、その間にカトフダーのサビール&クッターブがあります。

DSC_0097.jpg

このクッターブは孤児のためのものだったようです。今はここはお土産やさんのようになっているので、店番のおじさんに言えば、上にのぼることができます。上からムイッズ通りをながめると、こんな感じです。

DSC_0101_20121122222400.jpg

サビール&クッターブの左側の道に進むと、今度は右側にアクマル・モスクが現れます。

DSC_0106.jpg

こちらは、カイロに残っている唯一のファーティマ朝期のモスクだそうで、小さいですがなかなかよいところです。ここも現役のモスクなので、おじさんに許可をとれば無料で見学できます。

ミンバルちっちゃい?!

DSC_0109.jpg

イスラミック・カイロ案内(2)へ続く
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プロフィール

Author: 飯山陽
イスラム思想研究者。専門はイスラム法。都内の大学でイスラム思想を教えていましたが、現在はエジプトのカイロ在住、メディアの仕事をしています。
イスラム国に関しては別ブログ「どこまでもイスラム国」をご覧ください。

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