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まあちゃん

佐々木俊尚さんのツイッターでココにたどり着きました。ざっと過去ログ見た感じだとイスラム関係の記事が多いみたいですが、エジプトの一般人の生活や価値観も知りたいです。日常的にどんな物を食べているか、就活はどんなものか等。

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イスラムの宗教改革

このところエジプトの宗教界は、全イスラム世界に向けて「イスラムの宗教改革」を呼びかけています。

牽引役はアズハル総長アフマド・タイイブで、昨日もUAEで開催されている「イスラム社会における平和推進フォーラム」なる会議の開会演説において、「我々は、我々の伝統的なイスラム理解を批判的な視点から再検証する必要性に迫られている」と述べました。

2月にもサウジで開催された会議において、「『コーラン』とスンナ(預言者ムハンマドの言行)の悪しき解釈が、(イスラム)過激派の拡大につながった」とし、イスラム世界が一丸となって教育のレベルからこうした悪しき解釈を追放し、正しい穏健なイスラム理解を広めないかぎり、過激派を一掃することはできない、と述べています。

これはどういうことかと言いますと。。。

善良なイスラム教徒はイスラム国やアルカイダのようなイスラム過激派のことを「あれはイスラムではない」「間違ったイスラムだ」と必ず批判しますが、実はイスラム過激派のイスラム解釈は、伝統的イスラム解釈に忠実に則ったものであり、だからこそ少なからぬ数のイスラム教徒を魅了する強力な求心力を有しているのだ、という隠蔽されがちな側面があるわけです。

イスラムの伝統的方法論に則って各々の教義について論争した場合、エジプトにおけるイスラムの権威であるアズハルよりイスラム国の方がより強い論拠を有しているというのは、否めない真実なのです。

例を挙げますと。。。

イスラム国は捕虜にした敵の首を切って処刑することは、イスラム的に正しいと主張します。

その論拠のひとつはこちら、『コーラン』の第47章4節です。

このようにあります。

「あなた方が不信仰者たちと出会った際には首を打ち切れ。」

アズハルはこうした行為はイスラム的に誤っていると主張しますが、「この節は戦争状態の場合に限った内容である」とか、「イスラム国の行っているのはイスラム的に正しい戦争ではない」とか、「そもそもイスラムとは平和の宗教である」とかあれこれ言ってみたところで、『コーラン』第47章4節に「不信仰者の首を打ち切れ」とある真実は決して揺るぎません。

イスラム教徒は皆、『コーラン』は神の言葉そのものであると信じています。というか、こう信じない人はイスラム教徒失格の烙印を押されます。

イスラムには様々な解釈の方法論がありますが、最強の論拠が神の言葉そのものである『コーラン』の章句であるというのは、その方法論における大前提です。

イスラム国は『コーラン』というイスラム的最強の論拠に依拠し、過激行為を繰り返し、国家まで樹立してしまったわけです。

誤解を恐れずはっきり言うならば、イスラム国こそが「イスラムど真ん中」、「最もイスラム的存在」なわけです。

アフマド・タイイブもそんなことは当然よくよく理解しているわけで、だからこそ、これまでのように「イスラム国はイスラムじゃない」となんとかのひとつ覚えのように虚しく繰り返しているだけでは問題は解決しない、と思ったのでしょう。

そこでこの頃、「宗教改革」の必要性を主張しだしたのだと思います。

彼はよく、「戦略的視点」の重要性を強調します。

つまり、イスラム国のような過激派にイスラム議論で勝利するためには、穏健イスラムこそが唯一正しいイスラムなのだ、という合意を全イスラム諸国からとりつけることが重要だとしているわけです。

ただこれは、ものすごーーーーく難しいことです。

っていうか、たぶん。。。ほぼ無理です。

なぜなら今でも多くのムスリムは穏健イスラムこそ正しいイスラムだと信じていますが、ここエジプトにも『コーラン』を字義どおりに解釈する厳格イスラムこそが正しいイスラムだと信じている人はいくらでもいるからです。

そして、イスラムという宗教の構造上、その解釈傾向をひとつに統一する機構や権威は存在しません。

むしろ解釈の多様性こそ神が人間に与えてくださった恩恵そのものなのだ、というのがイスラムの伝統的解釈です。

それに厳格イスラムを標榜する人々はそもそも、現行の世俗国家というものを認めていないので、たとえイスラム諸国連合加盟国全てが合意したとしても、そんなものは意に介さないムスリムはいくらでもいます。

それにイスラム諸国に住んでいるわけではない、欧米諸国のムスリムらの取り込みはどうするのでしょう?

また、ここまではスンナ派に限定して話をしてきましたが、イスラムにはシーア派もいますし、シーア派自体の中にもものすごい数の分派が存在します。

うーん。。。

ちょっと考えるだけでも、深く考えても、いずれにしてもイスラム解釈を統ーする術はない。。。という結論にどうしても至ってしまうのですが、アフマド・タイイブはどんな戦略をもって、具体的にどんなやり方で、イスラム過激派のイスラム解釈に立ち向かうつもりなんですかねえ?

まあ、あんま考えてないけど、とりあえず宗教改革の必要性を訴え、伝統的イスラムに間違ったところがあるということを認めるところから始めないと、なにも始まらないよね?という感じなのかなあ???

イスラム法研究者からみると、イスラム国の日々の営みは、ジハード(戦闘)はもとより、ハッド刑やタアズィール刑、同害報復の執行、イスラム裁判所や警察の運営、ヒスバの実践、ザカートの徴収などなど、「壮大で歴史的な実験」としか思えない事柄の連続です。

自分が生きているうちに、カリフ制が再興され、イスラム国家が建設され、イスラム法ががっちり適用されるようになる領域が生まれようとは、イスラム法研究を始めた頃は想像だにしたことはありませんでした。

これに各国宗教界がどう立ち向かえるか。

注視していきたいです。
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まあちゃん

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プロフィール

Author: 飯山陽
イスラム思想研究者。専門はイスラム法。都内の大学でイスラム思想を教えていましたが、現在はエジプトのカイロ在住、メディアの仕事をしています。
イスラム国に関しては別ブログ「どこまでもイスラム国」をご覧ください。

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