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同胞団時代の「性」

「性جنس」について語ることは、イスラム世界では基本的にはタブーです。

・・・というと誤解を招きそうですが、宗教的に正しい性のあり方について語ることはタブーではありませんが、それ以外の趣旨・文脈で性を語ることはタブーです。

今日は、その「性」について書かれたコラムを、タハリール紙التحريرから紹介します。

同コラムには、次のようなことが書いてあります。

革命後、サラフィー的女性観が幅をきかせるようになり、ニカーブをかぶる女性が急速に増加した。サラフィーは、女性を「男性を地獄へと導く悪魔」と見なし、「女性は、声も、顔も、その全てがアウラعورةである」(byアブー・イスハーク・アルフワイニーابو اسحاق الحويني)と考えるので、女性にニカーブをかぶせて彼女らを外に見せないようにする一方、一夫多妻制を奨励している。

一方、ムスリム同胞団はといえば、一見するとサラフィーとは異なる女性観を持っているように見せかけて、実際のところは全く変わらない女性観を持っている。同胞団の創設者であるハサン・アルバンナーは著書において、「女性に対しては、女性が必要とするものごとを教えるべきである」と記し、その女性が必要とするものごととは、「家事と育児」であると記している。つまりこれが、同胞団の考える「イスラム国家における女性の役割」なわけである。

バンナーはまた、「イスラムにおいては、女性と男性の混在は危険であり、混在は結婚によってのみ可能になると考える。従ってイスラム社会とは男女共生社会ではなく、男女分断社会である」とも記している。つまり同胞団は、男性には男性だけの、女性には女性だけの社会があり、両者の混在は例外的な場合(イードの礼拝など)をのぞいては許されない、という考えを基本的に有している。

同胞団内においては、子ども達に対し、「この世には女とよばれる謎の存在がある。声だけは聞こえるが、その存在を見ることは禁じられている」、と教える。この同胞団教育を受けてきた私は、14歳になるまで子どもがどうやって生まれるのか知らなかった。それ以前の私は、男性が女性に触れるだけで、女性はたちまち妊娠すると思っていたのだ。私は生物の授業を受けて初めて、私の考えは間違っているということがわかった。

同胞団において、恋愛は汚れであり、悪魔の業であると考えられている。しかしアラブ世界には古来より、恋愛を語る多くの詩があり、文学があった。恋愛に限らず、我々の人生にある様々な美しいものを全て「ハラーム」だと遠ざけることは、自らの魂を殺すことに等しい。人々はこれが過ちであることに、精神科の扉をたたくまでは気づかないのかもしれない。


このコラムの筆者は、『同胞団の天国جنة الاخوان』という本の著者であるサーミフ・ファーイズという人です。

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最近この手の、「元同胞団員」が同胞団脱退後に記した曝露本(?)の類が多く出版されているのですが、多くの場合、たいしたことが曝露されておらず、読んでがっかりすることが殆どです。この本は読んでいませんが、このコラムを読む限り、ちょっと面白そうですね。

既出の「アウラ」というのは、「隠さなければならない恥部」の意味で、ようは「欠点」みたいなものです。イスラム思想においては「女性はいっぱい欠点があるから隠さなければならない」とか、「女性は存在自体が欠点だから家からなるべく出てはならない」といった見解は、古来からよく提示されています。

「お前は存在自体が欠点だ」と言われて嬉しい女性は1人もいない・・・と思いきや、現代には自ら好んでこの主張を受け入れ、ニカーブで全身を覆い隠す女性も増えています。これらの女性は概ね、ニカーブ着用こそがイスラム的に正しい女性の着衣であり、それ以外の着衣をした女性はイスラム的に間違っている、とかたく信じています。

「全ての女はオレを誘惑し姦通へと導く悪魔である」と信じ込んでいる男性というのは、率直に言ってかなり気持ち悪いですし、そこから自分の欲望(?)を制御すべしという方向に論が展開するのではなく、「だから女は全身を覆い隠さなければならない」という方向に当然のように話がすすむことには、全く合点がいかないのですが、これがこのあたりでは広く流布している考え方であることは否定すべくもありません。

また現代においては、こうした考えの人々は、「ニカーブ着用は、女性を守り、女性を尊重するためであり、それは義務ではなく、むしろ自由な女性にのみ許された特権なのである」とか何とか言って、巧妙に女性をニカーブ着用へと誘います。

このコラムの筆者は、同胞団は団員女性にニカーブ着用こそ強制していないものの、基本的考えはそれと一緒なんだよ、と言っているわけですが、まぁきっとそんな感じなんだろうなぁと私も思います。今の同胞団の中で、バンナー思想というのがどの程度尊重されているのかわからないのですが、同胞団内教育がかなりバンナー路線で行われているとするならば、今後のエジプトの行く先を占う上ではバンナーについて学び直すことも重要なのかもしれません。

いや、私は全然学ぶ気はないのですが・・・(苦笑)
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プロフィール

 飯山陽

Author: 飯山陽
イスラム思想研究者。専門はイスラム法。都内の大学でイスラム思想を教えていましたが、現在はエジプトのカイロ在住、メディアの仕事をしています。
イスラム国に関しては別ブログ「どこまでもイスラム国」をご覧ください。

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